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あらためてジョブ理論の話をしよう

外資系IT企業でプロダクトマネージャーをしていますハヤカワです。

今回はジョブ理論についてあらためて基礎から実用的な話まで網羅的に話そうと思います。

まずはGoogle スライドで内容をまとめたのでこちらも合わせてご覧ください!

スライドの内容をベースに解説したいと思います。

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一般的にイノベーションとは3つの円で表すことができます。この中でも今回は「DESIRABILITY」、人々がそのプロダクトを本当に欲しいと思っているかどうか?を深めていきたいと思います。

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「人々がほしいと思っているか?」という点はプロダクトマネージャーとしても最も重要な問いだと思っています。よく言われるのがドリルの例です。これは1968年に出版されたT・レビット博士の著書「マーケティング発想法」の冒頭で引用された、マーケティングの世界では非常に有名な格言です。

この文にあるように、プロダクトマネージャーとしても、人々が本当に欲しいと思っているものを正しく見極めることが大切です。

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一方で、この格言ばかりがあらゆるところで引用され、語られていますが、いざビジネスの現場に目を向けてみると世の中はそれほど単純ではありません。

この複雑なビジネスの世界で、「顧客が本当に欲しい物」つまりドリルの穴が何なのかを見つける手法が「ジョブ理論」です。

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ジョブ理論ではドリルの格言と同様に、顧客は「ドリル」というプロダクトを買うのではなく、「穴をあける」というジョブを達成するために、「ドリル」を雇っているという考え方をします。

もっというと、穴をあけて、「大好きな画家の絵を飾りたい」だとか「自分の好きな本だけを集めた本棚を作りたい」だとか、そういうことが本来顧客が「ドリル」を買う理由であるということです。

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このジョブ理論自体は、ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン教授の著書で語られている理論です。クリステンセン教授は「イノベーションのジレンマ」の著書でも知られています。この本で、Job Theory (ジョブ理論)や、Jobs-to-be-done (JTBD, 成すべきジョブ)と呼んでいるのがジョブ理論の始まりです。

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そこから様々な方がこのジョブ理論をベースにした研究を通して、様々なレポートが出されています。その中でも、このAlan Klementによる著書は膨大なページのレポート中でジョブ理論をケーススタディとともに紹介しておりとても参考になります。英語のPDFが無料でダウンロードできるので、Google翻訳などでご覧になってみてください。

http://www.whencoffeeandkalecompete.com/

ちなみに、彼のジョブ理論の応用モデルは以前noteでも紹介しましたので、本記事をご覧になったあとにぜひ読んでみてください。

さて、ここからジョブ理論の実例を見てみます。

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地図アプリを考えてみましょう。人々は、Google MapsだとかApple Mapsというプロダクトが好きで、それを使うために普段アプリを開いている、わけではないと思います。(たまにそういう珍しい方がいると思いますが)

ジョブ理論の考え方をすれば、ユーザーは「時間通りに目的地に着きたい」というジョブを達成するために地図アプリを雇っているという考え方ができます。

この「雇っている」という表現がジョブ理論でおもしろいポイントの一つです。つまり、そのソリューションというのは、いつでも解雇することもできるし、他の代替ソリューションを雇い直すこともできるわけです。ある意味、ソリューションは一時的なものであり、その根底にあるニーズを見極めようというのがジョブ理論の醍醐味です。

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つまり、このようなニーズははるか昔から人類にとって普遍的な欲求であることがわかります。その結果、昔から人は目的地にちゃんと着きたいと思っており、その結果地図やラジオ、GPSやアプリなど時代ごとに様々なソリューションが雇われています。

このことからも分かるように、ジョブ理論(JTBD)には重要な4つの特徴があります。

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この4つの特徴はめちゃくちゃ重要であり、これがジョブ理論の基本であり、すべてであるとも言えます。

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そして、この考え方を当てはめてみると、現実世界のビジネスにおいても、プロダクトの成功と失敗を紐解くことができます。もちろん、これらはあくまでも結果論であり、ビジネスがどうなるかはプロダクトに限らず様々な要因があります。

ただし、一つ言えるのは、ジョブ理論においては、ジョブというのは普遍的で長期的に安定した顧客中心で考えた根本的な欲求であり、その欲求を満たすためにソリューションが常に変わり続けるということです。そして、根底のジョブに突き刺さっていればいるほど長期的にビジネスとしても安定したプロダクトが出来上がるという考え方ができます。

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さて、さきほどの例に戻ると、「時間通りに目的地に着きたい」という欲求も実際はドリルの例と同様にもっと複雑です。目的に着くための過程はさまざまであり、人や環境によってもそのニーズは色々あります。

そこで、このような複雑なユーザーの欲求を整理することができるのが「ジョブ理論」です。ジョブ理論では、Jobs-To-Be-Done、つまり「成すべきジョブ」は何なのかを定義します。

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ここでJTBDは3つの構文から成る文章で定義します。

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たとえば、私の馴染みのあるSalesforceの例でいうと例えばこのようになります。日本語だとうまく書きづらいですが、細かい言い回しよりも、この1文の中にユーザーの「状況: Situation」「動機: Motivation」「期待する結果: Expected Outcome」が含まれていることが重要です。

このときに、期待する結果については、「○○を最大化できる」とか「○○を最小限におさえる」とか、最大/最小の尺度で語れる文章であると、後の製品の成果指標に使えます。

そして、最も重要なことをスライドの隅に書いていますが、「ジョブは必ずユーザーインタビューを通して生まれる」という点です。CEOやCTO、プロダクトマネージャーやエンジニアがデザイン思考やカスタマージャーニーなどのアイデア出しのワークショップを通して考えるものではありません。あくまでもジョブは実際の顧客の声をもとに作られます。

実際は、ワークショップ形式の社内でのディスカッションによってJTBDの仮説を作り出し、その仮説を検証するユーザーインタビューを通してJTBDを書きあげます。具体的なやり方はまた別のnoteを書こうと思います

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さて、ユーザーインタビューを通してJTBDをいくつか書き上げたら、それらをジョブパフォーマー、つまりそのジョブを実際に抱えている人物ごとにまとめあげます。このジョブパフォーマーという考え方もジョブ理論のおもしろいポイントの一つです。

これは、従来のペルソナアプローチとは異なります。従来のペルソナアプローチでは、想定するターゲットユーザーを架空の人物として詳細に作り上げます。しかし、実際にソリューションを考えると、特定の人物にしか当てはまらなかったり、汎用的な結果になってしまったり、また大量のペルソナを作ってしまい、ソリューションが固まらないということもよくあります。

しかし、ジョブ理論では、特定の人物像を作り上げるのではなく、あくまでもジョブを中心にそのジョブを持っている人物であれば、一つのジョブパフォーマーとしてまとめあげることができます。それは、役職でも雇用形態でも業務内容でも業種業界でも何でも良いのですが、いずれにせよ共通のジョブを持っている人の集合体をジョブパフォーマーとして定義します。

これによって、ジョブパフォーマーごとのジョブをユーザーインタビューを通して定義することができました。

実は、JTBDにはもう一つの手法があり、それはWhen, I want to, So I canの構文ではないのですが、Desired Outcomeと呼ばれる、ユーザーが望んでいる結果だけを書き出す手法があります。

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個人的には前述のストーリーベースのが好きなので、ストーリーベースの手法を深堀りしたり、単純化するためにDesired Outcomeベースのまとめ方をします。

いずれにせよ、ここまでの内容でジョブ理論に従ってどのように顧客のニーズを定義すべきかを理解いただけたと思います。

では続いて、より良いJTBDを書くために、ジョブ理論で大切な4つの要素について話します。

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これらがジョブ理論に重要な4つの要素です。それぞれ見ていきます。

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まずは、顧客のニーズ、それ自体です。ジョブ理論では、顧客のニーズというのは「現状から進捗をしたいからこそ存在する」という前提にたっています。人間は本来常に進捗を求めている生き物であり、その進捗を達成するためにニーズが生まれるという考え方です。そして、この人間の本質的な欲求、進捗というのは3つの種類「機能的」「感情的」「社会的」に分類されるというものです。

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次に、必要な要素がバリア、障壁です。右上に書いてあるように、バリアがなければ人間は行動をすでに取っており、その進捗を達成しているはずなので、現状でバリアがないのであればその進捗の仮説自体が間違っているという考え方です。あらゆるニーズがこれらのどれかのバリアがあるがゆえに、達成できていないのではないでしょうか?

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3つめが代替手段です。これはバリアとは逆に、ユーザーが何かしらの代替手段を使っているのであれば、そこに何かしらの進捗に対する欲求があると言うことができるという考え方です。ジョブ理論では「ジョブは必ずユーザーインタビューを通して生まれる」と言いましたが、つまりユーザーが実際に行った行動や過去の経験、発言などの事実を重んじます。実際にユーザーが代替手段を実行しているという事実があるのであれば、それはジョブの存在をより強く証明することができるというわけです。

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最後の要素が状況です。ジョブ理論の前提に立てば、顧客のニーズは長期的に安定した一定のものであるというのがありましたが、これは状況によって変わってきます。この状況というのは4つの要素の中でも最も重要で、どういう状況下でその欲求が生まれているのかを正確に捉えなければ、ソリューションが顧客のニーズに刺さらないものになってしまいます。

たとえば、「集中力がほしい」という一つのジョブも状況が変われば、ソリューションは全く異なってきます。

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さて、ここまでジョブ理論の基本、JTBDの書き方、ジョブを構成する4つの要素について解説しました。最後に実際の例、ケーススタディを通してこれまでのジョブ理論の内容を整理したいと思います。

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今回紹介するのはDuolingoという英語学習アプリです。英語学習アプリにおいて、どのようなジョブがありそうなのか、When, I want to, So I canの構文で考えてみてください。

以下がその例です。

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このようにユーザーインタビューを通して、顧客の声を拾い上げると大量のジョブが出てくると思います。このままではソリューションを考えられないので、それらを機能的、感情的、社会的に分類したら、大きなジョブとそれに紐づく小さなジョブといったような形で階層化して、体系的に書くことができます。

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それがジョブマップです。ジョブマップではジョブを階層化して表現したり、そこに紐づくバリアや期待される成果などをマッピングして、俯瞰してみることができます。ここでの一つ一つのジョブはストーリーベースの書き方ではなく、簡潔に記したOutcomeベースで書いています。

そして、このようにジョブをまとめてみると、何となく共通した成果(Expected Outcome)が出てきます。そして、ここまでまとめあげることによってやっと、この「期待される成果」を達成する新たなソリューションを考えることができます。ソリューショニングの手法はここでは深く説明しませんが、一般的なアイデア出しのワークショップや手法を用いて、ここで期待される成果を解決できるソリューションを考えることができます。私は、How Might We?の手法が好きです。

やはりここでも大事なのは、プロダクトやソリューションというのは、決してアイデア出しワークショップや最先端の技術やソリューションから生まれるものではなく、顧客の求めている進捗、ニーズ、欲求、期待される成果から生まれるべきであるということです。

さて、これによってプロダクトが実現すべきソリューションが見えてきました。

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JTBDのジョブを達成するために、今回の英語学習の例では3つのソリューションが考えられました。もちろん、ここでも技術や手法ありきではなく、あくまでもジョブを起点としたソリューショニングを意識します。そして、それらのソリューションを優先順位付けします。(優先順位付けの手法はスライド後半に書いています。が、奥が深いのでこれもまた別noteで書きたいです)

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その結果、Duolingoでは実際に上の画像のようなジョブに基づいた課題を解決するための様々な機能を提供しています。その結果、世界中で約1億2000万人が登録した外国語学習アプリとして成功しています。

さて、いかがでしたでしょうか?ジョブ理論の基礎からケーススタディによる実例を通して、ジョブ理論について理解を深めていただけたと思います。

冒頭でも紹介したこちらのGoogle Slideの後半には応用と補足ということで、このnote上では書ききれていない以下のような内容をスライドでかんたんにまとめています。

・製品の成功測定
・開発の優先順位づけ
・マーケティングメッセージ
・ロードマップ
・ジョブパフォーマー
・ユーザーインタビュー

ユーザーインタビューを通して、顧客のニーズを定義するのは非常に時間がかかりますが、ジョブを定義することで、上記のように製品の成功の評価や開発の優先づけ、マーケティングメッセージングなど様々な領域で活用することができます。

さらには、スタートアップや新規製品を作るなかで、全員がジョブを認識していると、「今自分が携わっているこの製品はこのようなユーザーのニーズを達成するために存在しているんだ」という共通認識を持てるため、思わぬところですがチーミングやコラボレーションにも役立つことを最近は実感しています。たとえば、外部のエンジニアにパートタイムで開発をお願いするときなんかにも、認識のギャップを埋めたり、単純に帰属意識を高めるためにも効果的だと思います。

特に、リモートワークが進む中で、なかなかチーム全員が顔を合わせて働けない中で、チーム全員がジョブ理論という共通の進むべき地図を持っていることはビジネスをする上で非常に重要だと思います。

追伸① ジョブ理論を学んだ後は?

本記事で紹介したジョブ理論をみなさんのビジネスで活用するための実践的な手順や入力テンプレートを公開しているので合わせてこちらもご覧ください

追伸② 実践的ジョブ理論を使った後は?

この実践的ジョブ理論を用いて考えた仮説を立てたジョブ仮説について、正しく書けているか?ちゃんと検証できているか?を評価してくれるツールも作ったので、ぜひ利用してみてください!

おわりに

今後もジョブ理論やプロダクトマネージャーに関する記事をたくさん書いていこうと思うので、良かったらTwitterのフォロー、noteのいいね/フォローをお願いします!

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