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人生の縮図を求めて【掌編小説】

この島に越してきたのは、自分の人生がどういうものであったか、この目で確かめたかったから。でもそれは、ニ番目の理由。

案内人は言った。
「こちらが霊園です。ここには一つとして同じお墓がありません。故人が歩まれた人生の様が、墓石の形を成しています」

山に囲まれた島の中央部にそれはあった。
等間隔に、大小様々な立体の作品群。
感嘆の息がもれた。
精密機械のように精巧なもの、天や地、空 (くう) に向かって舞っているかのようなもの、織物のような繊細な紋様を感じさせるもの、どれも知っているようで初めて見るような抽象的造形だった。


「見事ですね。まるで美術館に招かれたようです」

「ありがとうございます。お墓は『人生の縮図』であり、その方がどう生きてきたかを表現する作品だと考えています」

「あのう、実際に目に見えない『人生』を、どうやって形にするのでしょうか?」

「はい。特殊なスクリーニング技術により、その方の歩まれた人生のデータ、つまり、脳や細胞に蓄積された記憶データを抽出し分析します。その中から優先度の高いとされたデータを抽象化し、それらを縮図法を用いて忠実に再現するのです」

「そのような技術がお墓作りにも応用されているとは……。だから、再現された形は『人生の縮図』なのですね」

「はい。そう考えています」

「一つ気になることが……、美しい墓石ばかりということは、こちらに眠る皆さんは素晴らしい人生を歩まれた、ということでしょうか?」

「それは一概には言えません。ですが、どのような人生であっても、生を受けたこと自体に価値があり、それが美しさの源だと承知しています」

「なるほど。自分だけが質素で平凡な墓石だったら、と考えてしまいました。まあ、それも悪くはないですね」

「ええ。ご安心ください」

「島の霊園に、お参りに来る方はいらっしゃるのでしょうか?」

「はい。多くはありませんが……。これからの時代は、お墓参りの概念が変わっていくのではないかと、そう望んでいます。お墓参りが、多くの人生の作品に触れられる機会となり、また特定の人をお参りするのではなく、分け隔てなく鑑賞してもらえるような場になれば、と考えております。美しい星空を鑑賞するような感覚とでも申しましょうか……」

「ああ、それは素敵ですね」

私は案内人の話を聞いて、「人は亡くなると星になる」という言葉を思い出していた。なにかが繋がったような気がした。

「〇〇様、スクリーニングは生前にご希望ですか?それとも……」

「あ、はい。できましたら、なるべく早くお願いします」

「かしこまりました。生前に希望されますと、お好みの素材や大きさをお選びいただける利点がございます。建立場所のご要望はございますか?」

「ええ、ぜひ。南西の端にある、あの大きなリング状のお墓の後ろ側にお願いしたいのです。私の望みはそれだけです。素材や大きさはお任せしてもよろしいでしょうか」

「承知しました。あちら様はお知り合いのお墓ですか?」

「ずいぶん昔ですが、縁がありまして……」

「複雑な形が多い中、シンプルさと力強さが目を引く墓石です」

「本当に。彼はおおらかで、優しくて、可能性を秘めた魅力的な人でした」


数週間後に墓石は完成した。
複雑に曲線が交差する円形で、繊細な飴細工のようでありながら、決して割れることのない強さを感じるものだった。あの人に比べるとサイズは小さく、光の屈折が美しい透明の硬いガラスか石のような素材だった。
これが自分の人生を表す造形かと思うと、不思議な感覚だったが、客観的に自分の性格や価値観を言い当てられた時のような、清々しい感動もあった。自分で言うのもなんだが、それは大変美しかった。

私はもう少しで寿命を全うする。それなりに良い人生だったと思う。でも、最後にどうしても確かめたかった。あの時の私の選択は間違っていなかったか。
あなたの足手纏いになるのが怖くて、別れて他の人生を選んだこと。ずっと心残りだった。


寿命を終えた私はいま、墓石の中からあなたを見つめている。
大きなリング状の墓石が、四季折々の森の景色を切り取り、あの和室の円窓のようだった。そう、初めて会った場所。あの時の、鼓動を思い出す。
南西からの陽射しによって晴れた日は、私はきっと、あなたの大きな墓石が作る輪の「影」の中に、すっかり収まっているのでしょうね。
そして、私がここで流す嬉し涙は、透明な墓石に輝きをもたらしているでしょう。
明日も、その次の日も。
何億光年も先の彼方までも。


©️2021 ume15

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