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地下18階で生まれた僕の妻【掌編小説】

僕の妻は地下18階で生まれた。
彼女は18歳になるまで地上に出たことがなかった。なぜなら、彼女の住む国では誕生と同時に、地下都市において18年間の義務教育が始まるからだ。

地下都市といっても、その環境は地上とあまり変わらないらしい。
地下1階から18階までの各階に、この国の街並みが再現され、それらはすべて人工的に作られたものだが、地上と同じように1日は24時間であり、空や太陽もあり、気候の変化も体感できるという。
他の階への移動や交流は自由だが、居住空間だけは年齢ごとに決められている、と言っていた。
みな地下18階で生まれ、1歳になるまでは基本的に同じ階で保育を受け、誕生日を迎えるたびに、例えば1歳になると地下17階、2歳になると地下16階というように、居住空間は1階ずつ地上方向へと移動していく方式だ。
そうして18歳の誕生日の前日に義務教育が終了し、地上の世界へと巣立っていくのだという。

地上との最大の違いは、地下都市には大人の人間が一人もいないという点だ。つまり、義務教育期間中は親と離れて生活をする。
子どもたちの世話や成長に関わるあらゆる教育を担当するのは、総勢何百体ものプロフェッショナルなアンドロイドだ。

この国の義務教育の目的は、「社会で生きていくための資質能力を身につけさせ、個性や独自性を育み、豊かな人生を送れるようにする」ことであり、この制度によって、貧困や地域などの社会的格差に左右されず、18歳になるまで平等かつ高度な教育が受けられるようになったそうだ。

僕はほかの国からこの国の大学に進学し、そのままこの国の企業に就職した。彼女とはその頃に知り合い、彼女が25歳のときに結婚した。翌年には双子が生まれ、その子たちは現在、義務教育中である。
僕の国とは教育制度が異なるためか、ときどき思考の飛躍についていけなくなるが、彼女は至って普通の人だ。
もちろん、あらゆる面で魅力的ではある。
けれど一つだけ、彼女にはちょっと困ったこだわりがある。それは年に一度、彼女の誕生日に引越しをすると言って譲らないことだ。
結婚したときは彼女の希望で、マンションの8階に部屋を借りた。そして毎年、1階ずつ上の階に引越ししている。現在、彼女は42歳で、家は25階だ。
人生150年といわれる時代に、僕らはこの先もずっと高層階への引越しを続けるのだろうか。
不安になって将来について彼女に聞いてみたところ……、

「大丈夫よ。生まれて18年間は地下で義務教育、それから100歳を迎えるまでは地上で自由に暮らす。そして100歳になったら、2つの選択肢から好きな方を選ぶ」
「?」
「一つは、余生をこのまま地上で過ごす」
「もう一つは?」
「もう一つは、国から支給される天使のような羽根を受け取る。そうしたら快適な空中都市の好きなところに住めるわよ。その頃には足腰も弱っているから、ちょうどいいんじゃないかしら。不自由のない暮らしのために高い税金を納めているわけだし」
「羽根?」
「そう。昨日、閣僚会議で決定したのよ。今、それって天国では、と思ったでしょう?そんな非現実的なことは起こりません!」

この国の自由な発想には本当に驚かされてばかりだ。
でも僕は、100年後の自分を想像して愉快になった。

©️2020 ume15


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