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松下幸之助と『経営の技法』#85

5/10の金言
 愚痴や不平は、社外で言うものではない。社内で言い、社長に言うべきものである。

5/10の概要
 松下幸之助氏は、以下のように話しています。短いので、そのまま引用しましょう。
 とにかく、今日からこの会社に入った以上、もうしようがないのです。だから、これは悪縁か良縁かわからないけれども、とにかく縁あって結ばれたのですから、よそへ行って愚痴を言わずに、うちで愚痴を言ってください。よそへ行った時、「松下電器はいいところだ」と言ってもらいたい。気に入らない時はうちで言ってもらいたい。それだけを考えていたら間違いないのです。この一事さえ知っていたら、皆さんは立派な社員であり、社会人です。不平はよそで言わずに社内で言う。社長に言う。よそへ行ったら、「私の会社は非常に努力させてもらいます。悪いところもあるかもしれないけれども、皆がんばってお役に立つような仕事をしようと言っております。一所懸命やらせてもらうよう申しあわせております」というように言ってください。

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 従業員の心構えの問題として話していますが、今日的には、公益通報保護制度の問題と見ることができます。すなわち、この制度は、会社が内部通報に適切に対応しない(通報に基づく調査をしない、など)場合には、従業員が社外の所定の公的機関に通報しても処分できない、というものです。
 これに照らすと、従業員が取引先に愚痴や不平を言うことは、それがこの制度の対象となるような重大な事実の場合、①会社の重要な情報が流出してしまう、という情報管理上の問題があるだけでなく、②会社の内部通報制度が機能していないこととなり、類似の情報漏洩を誘引しかねないこと、③従業員が内部通報制度を適切に利用しなかったと評価されれば、会社として懲戒処分などを行うことになり、従業員にも不利益が及ぶこと、④多くの場合、取引先は通報先として適切でなく、また、取引先は聞きたくもないインサイダー情報を聞かされて、インサイダー規制上の不利益を負わせかねないこと、など、リスク管理上の問題があります。
 さらに、現場から情報が適切に報告されることは、リスク管理上有意義である(現場しか気づかないリスクに気づく、など)だけでなく、ビジネス上も有意義です(現場からの情報がなければ、適切な経営はできず、また、現場からのヒントが得られるかもしれない)。
 他方、ビジネスに関してみると、ビジネスマンの常識としては、例えば上司や役員であっても、社外の人間との話題に上れば、「芦原さん」「芦原部長」ではなく、「(弊社の)芦原」など、呼び捨てにするのが作法です。謙譲語と同じ発想ですが、そうすると、松下幸之助氏の言うように、自分の会社を褒めているように話をすることは、マナーに反し、相手に不快感を与えるようにも見えるのです。
 けれども、松下幸之助氏の言葉をよく読むと、①悪いところもあるかもしれない、と一応、控えめに謙遜していること、②素晴らしい、という「評価」は言っておらず、努力している、皆がんばっている、皆が言っている、等の事実しか言っていないこと、から、会社の自慢をしているわけではないと評価できます。むしろ、愛社精神を述べるものであって、考えようによっては、相手にとっても、愛社精神のある人を窓口にした方が、自分の会社の悪口を言う人を窓口にするよりも、その会社の製品やサービスの良い面を引き出してくれるなど、安心して取引できるので、好ましい面があるでしょう。
 謙遜して言っているつもりが、会社の不平や愚痴となり、その従業員だけでなく会社の信頼まで傷つけかねないことを考えれば、謙遜して話をすることと、自分が会社を好きということは別の問題である、と整理することには、合理性が認められるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、いろいろなことをくどくどと言うのではなく、会社の内と外の違いを理解させることしか言わない、という講話は、従業員にメッセージを伝えるうえで非常に効果的であり、実際にそれができるということは、経営者の資質の1つとして、経営者の人選の際の1つのポイントになるでしょう。
 さらに、会社の重要な情報が社外に簡単に漏れるようでは、経営者の統制力に疑問が生じます。会社を託す経営者には、当然のことながら、情報管理も含めた統制力が求められるのです。

3.おわりに
 会社の内と外、という観点から見ても、不平や愚痴を外で言わない、ということは重要です。厳しい競争で戦っている会社にとって、その弱点を外に知られることは、競争上、非常に危険だからです。
 謙遜のつもりで言った会社の不平や愚痴が、たとえ話した相手が有効的な取引先であっても、そこから競合他社に伝わる危険があります。
 内と外を分けて考えることは、何も日本だけの話ではなく、万国共通のことですので、その意味でも、氏の言葉には合理性があります。
 どう思いますか?

※ 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
 テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。



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