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経営組織論と『経営の技法』#68

CHAPTER 3.3.1:科学的管理法の 4つの原理
 科学的管理法の1つ目の原理は、作業を科学的に発達させることです。それまでの管理方法は、労働者任せの恣意的な成り行きによる管理の仕方でした。官僚制がそれを排除しようとしたように、仕事はそれを担当する人々によって、そのやり方ややるべきことが異なり、「精進と奨励」によっての管理でした。
 ですから、前向きな人は生産性や能率が上がるように工夫をしながら 自分の腕を上げていきますが、そうでない人はまさに最低限の仕事しかしないようになってしまいます。科学的管理法では科学的に作業を発達させること、つまり1人1人の作業を科学的に分析し、最も効果的な作業の方法を発見していきます。
 たとえば、山と積まれた石炭を別の場所にシャベルで運ぶ作業があるとします。このとき、一度にどの程度の石炭をシャベルに載せるか、走って運ぶか歩いて運ぶかによって、その疲労度と生産性は異なってきます。一度にたくさん載せて走って運べば、短い時間で多くの石炭を運べますが、長時間になれば疲労が蓄積し、トータルではかえって生産性が落ちてしまうこともあります。少量を歩いて運べば疲労は少ないでしょうが、トータルの生産性はなかなか上がってこないと考えられます。科学的管理法では、作業の時間や動作の研究を行い、最も効率の良い作業の方法を決め、それによって仕事を設計していき、そのうえで公正な作業量である課業(タスク)を定めていきます。つまり、仕事のやり方を科学的に分析することによって、たとえばこのやり方をすれば、だいたい1日当たり10個の製品を作ることができる、というように課業を定めていくのです。
 このように各組織メンバーが唯一最善の方法で定められた課業を行っていくことによって、能率を上げていくとともに、組織と個人の双方の利益を大きくしようと考えるわけです。
 2つ目の原理は、組織メンバーを科学的に選択、訓練、教育し、能力を開発することです。単に作業の最善の方法を科学的に探求するだけでなく、それを担う人材も科学的に選択し、開発していくのです。現在では当たり前のことかもしれませんが、応募者の能力をきちんと見定めたうえで採用をすることは、科学的管理において前提となるのです。また、各作業に適した能力を習得するためにも訓練が必要となり、この訓練も単に管理者の経験からなされるのではなく、科学的に訓練のあり方が検討されることになります。
 3つ目の原理は、官僚制にも含まれていましたが、組織メンバーは科学的な手続き、つまりは規則に従って行動することが要求されるということです。管理者は、管理する組織メンバーの作業を計画し、組織メンバーは文書化されたマニュアルに基づいて作業を行っていきます。
 4つ目の原理は、管理者と労働者の間の分業、つまりは垂直的分業を行うことです。これは管理者の仕事を明確に規定することといってもよいかもしれません。科学的管理法では、管理者は労働者が最も効率良く作業を行うことができるように、それぞれの労働者の経験や口づてなどで培われた知識を集め、規則や法則としてすべての労働者にその知識を活用させるのが仕事になります。
 科学的管理法の主張は、それまで各個人の経験や勘に任せきりであった作業のやり方や能力の開発を、科学的に組織や管理者が行うべきだというものでした。その点では、個人の感情やその人ならではの判断を徹底的に除外する官僚制と似たような側面を持っているといえます。また、労働者の持つ知識を管理者が集め、それを共有していくことや、唯一最善の方法をみんなで共有し、マニュアル化していくことは、組織が単なる個人の集合体ではなく、 組織としてより効率的に組織目標を達成しようとする試みでもあるのです。
【出展:『初めての経営学 経営組織論』59~60頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018.2.1)】

 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村・久保利・芦原/中央経済社 2019.2.1)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 科学的管理は、官僚制組織を発展させた面を持っており、リスク管理の観点も、この科学的管理の手法によって体系化できます。
 すなわち、どのようなトラブルが予想されるのか、という予想が、経験ではなく科学的になれば、より体系的で網羅的なリスク管理が可能になるでしょう。
 けれども、これにも限界があることは、官僚制組織の限界と同様です。当連載#66の「官僚制の逆機能」で検討されているところです。
 たとえば、マニュアル化は、それが良いか悪いかの二者択一ではなく、その長所を生かし、短所を補う必要がありますが、そのようなメリットと限界を、「官僚制組織」から見るだけでなく、「科学的管理」の手法からも見ることが大切になります。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 科学的管理は、経営者が会社組織を機械としてみて、その性能を高めようとしている様子がよくわかります。
 どうしても、そこに働く従業員が、機械の部品と同様に扱われる面が出てきてしまいます。特に、科学的観点から従業員の生産性を高める、という方向性を強調すると、人間の能力をどこまで絞り切るか、という方向にも行きかねず、労使の対立を悪化させる面が懸念されます。
 けれども、人間としての感情や個性も考慮した「科学的観点」であれば、人間性を考慮した方向に発展していくでしょうから、より人間的な経営に向かう可能性もあります。
 このように、経営者の手法としてみた場合、科学的管理は、それだけで方向性や結論が出る問題ではなく、やはりそれを活用すべき経営者の手法や経営戦略などによって内容も効果も変わってきます。株主が経営者の人選を適切に行うことが重要です。

3.おわりに
 会社経営の手法の進化に伴い、会社組織の分析が進み、それに伴い経営手法もより現代的になっていく様子が見えてきました。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


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