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経営組織論と『経営の技法』#66

CHAPTER 3.2:官僚制の逆機能
 組織において制度や仕組みは、組織目標に直接的あるいは間接的に貢献する成果をもたらすことをねらっています。しかし、そのように設計された制度や仕組みが、時に組織目標の達成を妨げてしまうことがあります。これを逆機能と呼びます。
 ここまで説明してきたように官僚制は、組織目標を永続的に果たしていくために合理的に考えられた組織であり、そのためにいくつかの特徴を有しています。しかし、これらの特徴が組織目標の達成を妨げてしまうことが少なくありません。
 官僚制において、規則はその人の仕事を規定し、その人の個人的な思惑や感情が人らないようにできています。つまり、誰がやっても同じょうにできるために規則はできています。そして規則が多いほど、組織を管理する側はそこで働く人をきちんと働かせることができます。それは規則を多くすることで、担当者個人の思惑や感情が入る余地を小さくすることができるからです。一方、官僚制組織で活動する人も、きちんと組織活動をするために、規則を遵守するようになります。なぜなら、規則を超えて個人の思惑や感情で行動することは批判の対象となるからです。
 この結果、官僚制では、規則を守ることが自分の仕事の正当化につながり、自己防衛のために規則を遵守するという傾向が見られるようになります(同調過剰)。そして、組織目標を効果的に達成するための手段として作られた規則が、それは守らなくてはいけないものだという目的になってしまいます(目標転移)。最後には、何のために規則が作られたのかもわからず、単に習慣や儀礼として規則に従うようになってしまいます(儀礼主義)。
 もちろん、このような状態になれば、組織は環境の変化についていけず、組織目標の達成もおろそかになってしまうのです。さらには、このような硬直的な行動が顧客との問題を引き起こしてしまうことがあって も、組織メンバーはさらに規則を作り、それによって自分たちを守ろうとします。官僚制組織では、年功による賃金制がとられるため、組織メンバー間で競争が起こりにくい。また、身分が守られていることによって長期的な雇用が多くなるため、組織メンバー間の連帯感が強くなる傾向にあります。このことも同調過剰が起こる原因にもなっています。これらの官僚制の逆機能を示したものが図3-1です。

(図3-1)官僚制における逆機能(同調過剰)のメカニズム

図3-1

 また規則は、同調過剰を促すだけでなく、規則に定められた行動だけをとるようになってしまいます。これを無関心の維持と呼びます。官僚制組織では、規則を守っていれば懲罰を受けることはありません。また、規則はそのメンバーが仕事上で果たすべき義務を指示しています。このことは逆に、規則がその人の最低限やらなければならない仕事を規定しているともいえます。結果として、自分に課せられている最低限の仕事だけを行い、それ以上のことはしなくなってしまいます。
 たとえば、戸籍の管理をするのが課せられた仕事であれば、たとえ時間的にも能力的にも余力があっても、それ以外の仕事をする必要はなく、結果的に能率は向上しません。 そしてメンバーが最低限のレベルで仕事をするために、上司は部下の仕事を細かくチェックする ことになります。決められた仕事以上をこなしているのであれば、上司は仕事を任せられますが、最低限のことしかしなければ、上司はきちんとそれがなされるか、より厳しく監督をしていかなければならなくなるのです。
 結果として、上司と部下の間には緊張関係が生まれてしまいます。この厳しい監督を避けるために守るべき規則を作ったとしても、それはまた最低限の仕事量を規定することになり、結果として能率の低下とさらなる上司と部下の緊張関係を生み出してしまうのです。このメカニズムを図示したものが図3-2です。

(図3-2) 官僚制における逆機能(無関心の維持)のメカニズム

図3-2

 たとえば、締切り期日を設定することは、たとえそれより早くできることがあっても、締切りまでにできればよいとしてしまいがちです。そして期日ギリギリに行動する人のために、さまざまな対処を考えなければなりません。結果として規則が増えたり、監督すべきことが増えたりして組織全体の能率が下がってしまうことは、 学校や職場でよく起こることではないでしょうか。
 規則は本来、それがあることで勝手な行動や個人的な行動をとることをわざわざ見張ったり、チェックしたりすることを避け、能率を上げるために作られていたのにもかかわらず、その規則がかえって能率を下げてしまい、さらなる規則によるコントロールを生んでしまうという間違った方向での働きをしてしまうのです。
【出展:『初めての経営学 経営組織論』55~58頁(鈴木竜太/東洋経済新報社2018.2.1)】

 この「経営組織論」を参考に、『経営の技法』(野村・久保利・芦原/中央経済社 2019.2.1)の観点から、経営組織論を考えてみましょう。

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 リスク管理の観点から見た場合、全従業員がリスクセンサー機能を担います。
 これは、会社組織を人体にたとえるとよくわかります。
 すなわち、蚊に刺されたような微細な情報も、脳に伝えられるため、脳は身体の周辺のリスクを早く察知することができ、体を守っています。皮膚全体に張り巡らされた神経網は、体の表面の場合には、熱い、痛い、などの情報だけを感知し、脳に伝えます。シンプルな情報だけですが、体全体から集められることで、リスク管理上きわめて有効な情報となるのです。
 同様に、たとえば原料の納品状況をチェックする部門の担当者は、原料の品質に違和感がないか、納入業者の様子に変化はないか、などを感知し、適切に報告すべきです。全従業員が、それぞれの持ち場で、それぞれの業務に関する情報を収集するのです。
 そのうえで、官僚組織のメリットは、規則やマニュアルを使えばそのとおりに各現場が機能する、ということです。
 他方、ここで示されたデメリットは、「同調過剰」「無関心の維持」いずれの場合も、現場が規則やマニュアルだけを守り、それ以上のことをしなくなっていく、という点です。
 上記の原料の納品状況をチェックする部門の担当者の例で言えば、マニュアルのチェックリストに記載されている点はチェックするが、それ以外の想定外の問題には反応しない、ということになります。けれども、現場の担当者で、いつも原料に接し、誰が気付かないことでも気付くような専門性が期待されるはずなのに、それと逆の結果になってしまいます。
 そこで、規則やマニュアルを超えた反応をしてもらえるように、現場の担当者をどのように意識付けし、実際に活動してもらうか、が経営上のポイントになってくることがわかります。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 投資家としてみると、官僚組織にそのままのっかって経営してもらう場合であればともかく、そうでない場合には、(もちろん、官僚組織の良いところを生かしつつも)官僚組織の問題点を克服したり修正したりする能力が必要します。
 そうすると、本文のように、規則やマニュアルしか守ろうとしない「指示待ち族」が、上記のように自主的に活動するように行動様式を変えられることが、経営者の資質として必要になることがわかります。そのため、たとえばカリスマ的な魅力で現場の意欲を引き出す方法もあるでしょう。あるいは、規則やマニュアルと、いわゆる減点主義による人事管理を廃止し、失敗を非難するのではなくチャレンジを評価するような人事制度に変更するような方法もあるでしょう。
 このように、現場の活気を引き出せる能力が、経営者の重要な資質になるのです。

3.おわりに
 このように検討していくと、非人間化し、精密機械のように機能する官僚組織に対し、機械の重要なパーツである規則の機能を少し弱め、現場が規則に縛られずに行動するようにすることが、欠点を改良するポイントであることが見えてきました。
 つまり、機械化も良いが、機械化のいきすぎを是正することも大事、ということです。

※ 鈴木竜太教授の名著、「初めての経営学 経営組織論」(東洋経済)が、『経営の技法』『法務の技法』にも該当することを確認しながら、リスクマネージメントの体系的な理解を目指します。
 冒頭の引用は、①『経営組織論』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に、鈴木竜太教授にご了解いただきました。


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