見出し画像

ショートショート『惹かれずにはいられない』

短編ショート『惹かれずにはいられない』


もう何も考えたくないほど陰鬱な気分だ。家のリフォーム会社の職場の上司から、営業成績についてこってりと叱られたあげく、同僚たちからは飲み会からはずされた。俺のふともらした同僚への陰口が、話した男の口から広まってしまったからだ。

街にでると、仲のよさそうなカップルがやたらと目につくような気がする。来月、三十代に入る俺には彼女がいない。街をゆくすべてのやつらが幸せそうにみえる。

人間関係はときにはうざったくなるものだが、ひとりきりというのも寂しいものだ。俺はひとり居酒屋で酒を飲み、ふらふらしながら暗い街をさまよっていた。そのとき、髪の毛が真っ白の陰気そうなおじいさんが、易者さんがつかうような小さなテーブルを前にして、黒いマントをはおり、うつむきかげんになにかを売っていた。

テーブルには『ひきつけるペン』と品名らしき紙がペンが入っているらしい箱についていた。

(なんだぁ……、ひきつけるペン?)

「おじいさん。このペンってなにか特別なものなのかい、たとえば女性をひきつけるフェロモン入りとかさ」

おじいさんは俺を一瞥し、

「お買いになった方だけがわかるのでございます」

と、そっけなく言葉をかえすだけ。

「もったいぶってるなぁ。まあいいや、いくらだい?」

「八千円でございます」

「八千円……? 高いなぁ」

しかし、俺は酔ったいきおいでそのペンを買い、その場で胸のポケットに入れた。すると、俺の体が光り輝くのがわかった。

(な、なんなんだ?)
 
「ねえ、おじいさん。このペン……」

ふりかえると、おじいさんの姿は消えていた。不思議な気分のまま、俺は酒場のあたりをうろついていた。そこへ、何次会なのか、会社の同僚たちとばったり会った。再び俺の体が光り輝く。すると、はじめはむっとしていた同僚たちの目付きがかわり、急に愛想のいい笑顔をうかべ、

「やあ、海人ぉ、捜してたぞ。さあ、三次会にいこうぜ」と飲みに誘われた。
 
俺はやたらと機嫌のいい同僚たちから腕をとられ、近くのスナックにはいり、わいわい夜明けまで騒ぎまくった。なぜか女性の同僚や、店の女の子にはそれほどモテなかったが、みんな愛想よくしてくれる。同僚の女の子たちもいつになく笑顔で話をしてくれる。

(そうか……、このペンは、人をひきつけるものなんだ。今日からの俺は、昨日までの孤独な俺じゃない。人気者の俺になれるのだ)
 
翌日、俺はペンをスーツにさして、セールスにでかけた。そして契約書類に自分の名前を書くと、突然ペンが光り輝いた。もしや……。

やはりそうだった。ペンで自分の名を書くとペンが光り輝いて、どこの家庭でもリフォームの契約をしてくれるのだ。顧客をひきつけるペンのおかげで俺のセールスは絶好調。三日間でトップ成績になった。同僚たちからも、女性たちからも人気者になった俺は有頂天になり、いつのまにやら天狗になっていたようだ。言い寄る女性とはつぎからつぎへとつきあっては別れ、同僚たちにも傲慢な言葉を吐いた。それでも俺の人気は不動だった。 そしてニ週間。ペンのインク切れに気づいた。

会社にいけば、「おまえが契約してきたほとんどの顧客からキャンセルの電話だ。いったいどんな営業をしてきたんだ。高額の契約を苦にして自殺した顧客もでているんだぞ!」

(こんなんだったら、俺しかいない世界に行きたいぜ!)

俺は思わず心の中で叫んだ、そのとき、

「かしこまりました。お客様のご要望の品をおとり寄せいたします」

と、あのおじいさんらしい声が聞こえた。しかし、まわりを見渡しても誰もいない。

(空耳か。そうだよな、俺の部屋にいるわけないよな)

俺は会社を昼過ぎに早引きをし、ガードレールのあたりに、あのおじいさんをみつけた。テーブルの上には『ひきつける御札』。これはきっと幸運をひきつけるものに違いない。

俺はおじいさんに代金を尋ねると、おじいさんは、この商品は、サービス品でございますので御代はいただきませんと言ってくれた。だがしかし、妙に心にひっかかる。なんだかいやな予感がする。その予感はたちまち的中した。

その御札を胸のポケットにいれたとたん、俺は空を飛び、やがて島に舞い降りた。そこは誰も住んでいない無人島だった。

           (fin)



気にとめていただいてありがとうございます。 今後ともいろいろとサポートをお願いします。