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パリと下落合、広告 『佐伯祐三 自画像としての風景』

 東京駅にある東京ステーション・ギャラリーで開催中の「佐伯祐三 自画像としての風景」を見てきました。

 noteでは小説や映画の感想を書いていますし、音楽も、言語化はできないのですが、好きな曲やいい曲はわかります。
 でも、絵画は、優劣どころか、自分がどんな絵を好きなのかもよくわからない…。学生時代、女子美の友人たちの個展やグループ展に何度か行った時も、感想が思い浮かばずに苦労したものです。一応好きなジャンルもあるのですが、その一つ、フランドル地方の画家たちに興味を持ったきっかけは、コリン・ファースがフェルメールを演じた映画を観たことでした(やれやれ)。
 何らかの物語がないと絵画が理解できないんでしょうね、残念ですが。

 絵心のない私が、今回「佐伯祐三展」を見に行ったのは、1920年代のパリを描いた絵に興味があったからです。
 今読んでいるプルーストの『失われた時を求めて』には、19世紀末〜第一次大戦後のパリが描かれています。プルーストのパリは社交界の人びとが集う、華やかで美しく、同時に偽善と虚しさにも満ちたパリです。
 また、同じ頃、永井荷風や与謝野鉄幹&晶子夫妻など多くの日本文学者がパリを訪れています。晶子たちなんて、お金もないのに、森鷗外が工面して渡仏させているわけですから、文学を志すなら、パリに行かねばならぬという感じだったのでしょうか。
 特に、島崎藤村の『新生』には、大戦直前〜大戦中のパリの様子がかなり詳しく描かれています。優れた詩人でもあった藤村の描写だけあって、当時の日本人の目に映るパリの姿が目の前に浮かんでくるようです。
 プルーストや藤村が文章で描いたパリを、日本人の画家がどう描いているのか、少しでも知ることができればいいなという気持ちでした。

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 佐伯祐三は1898年に大阪の中津(梅田の近く)で生まれ、1928年に留学先のパリで亡くなった洋画家です。
 1923年に東京美術学校(現・芸大)を卒業してから亡くなるまで、画家として活動したのは6年ほど。また、空襲で焼けてしまった絵も少なくないと書いてあったので、現存する絵の数が少ないor時期によって偏りがあるのかなと思っていたのですが、全くそんなことはありませんでした。

 展覧会に出品されていた143点のうち、習作時代の絵は十数点だけで、それ以外は、二度のパリ留学時代と、留学の合間に暮らした東京・下落合時代の絵でした。どの時代も質量共に充実したコレクションが残っており、画家として生きた6年は、ひたすら絵を描き続ける日々だったのではないかと感じます。佐伯にとっては、絵を描くことが人生であり、彼の絵によって、後世の人たちは彼の人となりを知ることになる……私の場合は、あまりにも鑑賞力がないので、画家の内面を覗き込めた気はしませんが、それでも全ての絵を見終えた後で、「佐伯祐三 自画像としての風景」という展覧会のタイトルが心に響いてきました。

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 最初に書いたように、パリ時代の絵を見たくて、この展覧会に足を運んだのですが、佐伯がパリ留学の合間に暮らした下落合を描いた絵にも、非常に心惹かれました。
 個人的に、よく知っている場所なので。山手線の高田馬場から西武新宿線で一駅目が下落合なんですね。下落合を中心に、馬場と目白の間や二駅目の中井の風景など、今の風景を思い描きながら、鑑賞しました(山手線のガード下だけは今も変わっていないかも)。
 佐伯が下落合で暮らしていた1926年(大正十五年)といえば、山手線の外側にも都市化の波が押し寄せていた時期だと思うのですが、それでも、まだ緑が多く、時代劇に出てきそうな垣根や古い平家ひらやも残っている。一方で、大正モダン風の二階建ての家やテニスコートもあり、また、電柱が描かれた絵も多かったです。
 もちろん、同時期の風景を古写真ではよく見ているのですが、佐伯の絵の方が、大正から昭和初期にかけての東京という街の雰囲気をよく伝えている気がします。
 この部分は、絵画に対する興味とは別に、東京という街の変遷に興味がある方にもおすすめです。

下落合風景 Wikipediaより

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 それに比べると、パリを描いた作品は、私には全く無縁の街なので、画家の目で見た風景のままに、楽しむことができました。商店やレストラン、街で働く人たち。広告の数々。
 そういえば、ウディ・アレンの映画『ミッドナイト・イン・パリ』も1920年代のパリが舞台だったはず。アレンはアメリカ人だから、パリを訪ねたアメリカ人ーーフィッツジェラルド夫妻やヘミングウェイが登場していました。他にも色んな芸術家が登場していたと思います。ピカソとダリ、T・S・エリオット。20年代のパリは、世界中から芸術を愛する人が集まる街だったんですね。佐伯もその街に憧れて、命を削りながら、街の風景を描き続けたのだなと、絵の中の薄暗いパリの街並みを見ながら考えました。

靴屋 
広告のある門
購入した絵葉書。最晩年に描かれた「郵便配達夫」と「街角の広告」

 東京ステーション・ギャラリーは東京駅の丸の内駅舎内にあります。北口改札のそば。ドーム状の小部屋などもあり、それを見るだけでも楽しい(混みすぎていて、あまり見ることができませんでしたが)。佐伯祐三展は4月2日まで。当日券もありますが、並ばなくていい事前予約がおすすめです。


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