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【連載小説⑨‐5】 春に成る/オムライス


< 前回までのあらすじ >

流果と一緒に昼の『ベル』でドリップ珈琲について話し合う遥。
お任せで頼んだ珈琲に遥も流果も「風」を感じながら、話し合いを進める。
海外からのお客さんとマスターの話を聞いていて、ドリップ珈琲のパッケージは切手の形にしたいと思い立って、カバンを倒されたことも気にせず、勢いよく流果に伝える。

春に成る/オムライス

※先に絵と詩をご覧いただく場合はコチラ

オムライス(5)


「え、何? 切手?」

「そう、ドリップ珈琲買う人って、美味しい珈琲を、家族に、友達に、自分に届けたいんだと思うの! 贈りたくて、送りたいから切手。レトロな感じもするし……」

「うん、うん、ハル、一回珈琲飲もっか」

促されて、珈琲で気持ちを落ち着かせる。硬くなっていた体が、緩む。

「ごめんね、なんか、すごい勢いで話しちゃって。ちょっと落ち着いた。珈琲って、本当にリラックス効果あるって改めて実感した。ワインとかと一緒で、珈琲も香りを楽しむものだから、味だけじゃなくて香りにもそういう効果があるって……」

人差し指が、視界に飛び込む。その先には私の鞄。

「本で読んだの? ふふ」

そういえば、この前本屋で買った、珈琲とカクテル、料理関係の本を入れていた。

「う……うん、そう。けいはもちろんだけど、流果るか瑛二えいじさんも、色々詳しいでしょ。私も色々知りたいなって思って。後ね、マスターや敬の作る料理って、ちゃんと気持ちが入ってるっていうか……そういうの、いいなぁって、なんか私もやってみたくて。それ敬に言ったら、敬と流果が認めるの作ったら、店に出してもいいって言ってくれたから、勉強中なんだ」

メガネの中の細めた目に、入った。

「そう……さっきのパッケージ案の話、形は切手だとして、どんなデザインにする? 分かりやすさも大事だろうし、珈琲豆とかも入れる?」

そう言って、何かを見つけて奥を指す。茶色の円を両断する線……ああ、そうか、珈琲豆! どうして今まで気づかなかったんだろう。マスターの絵の中心は珈琲豆を表現してたんだ! ライトに照らされて、ほんのりと、絵の具が重なった部分が光る。

「流果、すごい! そうだよ、あの絵が『ベル』そのものだもん、パッケージは、あの絵を使いたい!」

マスターにお礼を伝えて、ベルを鳴らす。

空にはモクモクとした雲が浮かんでいて、色々なアイディアが出た今日にピッタリな気がした。

「そういえば、今日、流果を見る人、少なかったような気がする」

「ええ、何それ」

そう笑いながらメガネを外す流果に、さっきまでなかった妖艶さが、どこか出てきた気がする。

「ほら、那津なつの店に行く時とか、すれ違いざまに見てる人、多かったよ。場所が違うと違うのかな……あ、ごめん、人からジロジロ見られるのって苦手だから、嫌じゃないかなって思ってて、今日はゆっくりできたんじゃないかなって」

きょとんとする目が、気にしていないことを物語っている気がして、話題を変えた。

「それより、今日は昼の『ベル』に一緒に行ってくれてありがとう」

「はは、僕が誘ったのに……こちらこそ、ありがとう、本当に」

渇いた笑いと、徐々に低くなっていく音に違和感を覚えた。風が少し強さを持って、私達の前髪を巻き上げ、思わず目を閉じた。

「わ、空が黒くなってる! 流果、急ごう」

雨が降って来る前に、駅に辿り着きたかったけど、それは叶わずに、公園の屋根のあるベンチに避難した。

***

寝起きの体を少しでも動かそうと、水を飲みながらテレビの電源をつけた。

「今日は、雨が降ったり止んだりの一日になりそうです」

瑛二が可愛いと言っていたお天気キャスターが、高い声で話す。

「さっきまで止んでいたんですが、また降り出したこの雨は、夕方まで続く模様です」

雨か……確か、流果とハルが親父の店行くの今日だったな。

「敬は知らないと思うけど、毎回雨の日はさ……」

急に瑛二が言っていたことを思い出して、頭で考えるより早く体が動いていた。

「なんていうかさぁ……流果がいつもの流果じゃなくなるんだよ」



※「オムライス」が途中である為、絵は次回掲載します。

※先に絵と詩をご覧いただく場合はコチラ

※「オムライス」は絵が3枚あります。

※見出し画像は、おざきゆき様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。


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