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【連載小説⑨‐3】 春に成る/オムライス


< 前回までのあらすじ >

敬からの提案で店を手伝うことになった遥。ノンアルづくりのきっかけ・瑛二にも出会う。実際に働く敬を見て、料理を食べて、本当に「楽しむ」こと、敬のことを知っていく。

春に成る/オムライス

※先に絵と詩をご覧いただく場合はコチラ

オムライス(3)


ノンアルのキールがお店で提供されることが決まり、メニュー用の撮影をした日、流果るかからドリップ珈琲のパッケージ案の資料をもらった。想像以上に仕上げてもらったことが嬉しくて、けいに自慢するように見せた。

「……これ、親父の店に置くんだよな。店に来る客層と合ってんの? このデザイン」

「え、でも、『ベル』を知らない人にも、知ってもらいたいって想いもあるんだよ。『ベル』には若い女性はあんまりいないから、そういうお客さんも増やしたいなって思って」

「だとしても、最初に手に取るのは、店に来てる客だろ。その客が良いって思わないと誰にも届かないんじゃねぇの。前に言ってた、欲しいって言ってた客が、手に取るところ、想像できんの?」

「う……奥さんが、可愛いもの好きな人だったら……なんて限定的じゃ、ダメだよね。そうだね、もう一回、ちゃんと昼の『ベル』に行って周り見て、考える。流果、ごめん、せっかく作ってくれたけど、もう一回やらせてもらっていい?」

振り向くと、流果の眉間に少し皺が寄っていた気がしたけど、今はいつもの笑顔。見間違い……?

「全然、何回でも大丈夫だよ。っていうか、作ってて思ったけど、緑とか星とか、珈琲飲んでそういう景色見えるって、面白いよね。僕も行ってみようかな……ハル、連れてってくれる? ほら、敬も一緒に行ってさ、全員で考えれば良くない?」

敬と同時に流果を見て、時を止めた。

「それ、いい! 二人にも珈琲、飲んでもらえたらって思ってたし、一緒に考えられるのも心強い!」

「でしょ、じゃあ日程……」

「……店の準備とかあるから、俺はいい」

「そんな……準備は私も手伝うからさ……そう、ほら、お酒は無理でも、珈琲ならマスターと……」

「ハル」

そういう気を回すな、と敬の目が言う。それを無視すれば、もう言いたいことを言い合う関係にはなれないと警告されているみたいだ。どうしてなのか分からないけど、聞くのも動くのも、今ではない気がした。


初めて流果が昼の『ベル』に来てくれる日は、明るいのに、空が泣いていた。

「オムライス……」

あの時食べたオムライスが、急に食べたくなった。そういえば、昼の『ベル』にもオムライスがあった。流果との待ち合わせはお昼を過ぎてからだけど、先に行って食べよう。そうすれば、少し気になってたことも解消できる。先にマスターに友達が来ると伝えておけば、いつかの那津なつ瑛二えいじさんのように流果との仲を誤解されたりしない。

他の人ならともかく好きな人の父親に誤解されるのは、きっと嫌だと思うから。流果がいない日、どれだけ支えてもらっていたか、分かった。何でもいいから、何かしたかった。

階段下に傘立てが出されていたが、空が明るく小雨だった為、傘は持って来なかった。

「お昼過ぎてから、友達が来るんですけど、オムライスが食べたくなって、先に来ちゃいました」

「ふふ、そうですか。そういえば、遥さんが珈琲以外を注文されるのは、初めてですね。珈琲はお友達が来てからにしますか?」

「はい、そうします。その友達、敬……さんの友達なんです。ドリップ珈琲のこと、敬さんと一緒に協力してくれてて、敬さんの気持ちも私の気持ちも汲み取ってくれて、素敵なデザイン作ってくれる友達なんです。本当は今日デザイン見てもらおうと思ってたんですけど……あの、敬さんが、アドバイスしてくれたんです。大切なこと、気づかせてもらって、やり直すのでもう少し待ってて下さい」

敬が、一緒に考えてくれた事だけでも伝えたかった。本当は怒ってない事も言いたいけど……それは違う気がした。マスターは、私を映したまま目を細めて、目尻に皺を作った。伝えたいっていう気持ちごと、抱き留めてくれているみたいで、体が熱を持つ。もっと何かできたらいいのに。マスターが言葉を発しようとした時、ベルが優しく来客を報せた。

「いらっしゃいませ」

振り向くと、時々見かける、おじいちゃんだった。いつも一人で来て、じっと本を読んで珈琲を飲み終わったら帰る。私の座っている席から一つ空けて座り、またじっと本を読み始めた。何も言わなくても何を届ければ良いか分かっているマスターは、準備をして戻って来てくれた。

「遥さん、パッケージ、楽しみにしていますね……実は、敬からも聞いていたんです。ただ、代わりに遥さんにもバーの手伝いをさせると言っていたので、無理を言っていないか心配していたんです。大丈夫ですか? 何か嫌なことがあったら、必ず言って下さいね」

敬から打ち明けられたという笑顔から、一気に眉が下がり、心配する気持ちが顔いっぱいに広がった。

「全然、大丈夫ですよ。むしろ、私が変なこと言ったりやったりしていないか、心配なくらいで……今日、オムライス食べたいって思ったの、実は先日、敬さんに作ってもらったのが美味しかったからなんです」

「敬が……オムライスを?」

驚いて目が大きくなったタイミングで、ベルが勢いよく鳴った。三人組のオバちゃん達が喋りながら来店し、奥の席に座って良いかマスターに聞いて席に着いた。

「朝は雨降ってて焦ったけど、止んで良かったわよねぇ」

静かだった店内が賑やかに色を変える。マスターは、一通り仕事をこなしてから、オムライスを届けてくれた。ぽってりと中央に乗ったケチャップが、敬との違いを表していた。

***

明るい空に吸い込まれたような心地がした後、雨音が微かに聞こえた。
窓の外を見つめて、縋るように伸ばしかけた手は、強く拳を握ったことで止まった。

僕は、悲しいような、叫びたいような気持ちになったけれど、窓に映った自分は口角を上げていた。

行こう、ハルが待ってる。

そう思って外へ出ると、傘を差している人はいなかった。
いつの間に止んだのか、明るい空が僕を吐き出したように感じながら『ベル』へと歩いた。


※「オムライス」が途中である為、絵は次回掲載します。
※「オムライス」は絵が3枚あります。

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※見出し画像は、---✂︎カセットboy ✂︎---様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。

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