【連載小説⑩‐2】 春に成る/ビーフシチュー
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ビーフシチュー(2)
「流果、大丈夫かな。ごめん、何もできなくて……」
敬は野菜を切りながら、淡々と答える。
「ああいうのは女が出てくと、余計面倒臭くなるだろ」
「でも、流果まで追い出す方法しかなかったのかなって……」
「……アイツ、いつもなんだよ」
「え? いつも追い出されてるの?」
「ちげぇよ、追い出した事はない……聞いてるかもしんねぇけど、流果の親、早くに離婚して、情緒不安定な母親と暮らして……散々酷い扱い受けて、結局、家からも追い出されただろ。その後も過酷な状況の中、いつも周りの様子窺いながら、気持ち抑えて来たんだと思う……もう、これ以上失って独りになりたくないっていうのは……分かる。でも、いつまでそうやって、抑えたり、折れたり、犠牲になってんだよ……俺は意見が違っても、これは嫌だって言われても、アイツのこと、嫌いになったり、離れるわけじゃねぇって、いい加減分かれって正直イラついてた。今だって、したくもないナンパして、守ったつもりかもしれねぇけど、あんなん全然嬉しくねぇ。頭冷やして、自分がどうしたいかも、ちゃんと大事にしろよって……思わず追い出しちまったけど『出てけ』なんて追い出すみたいな言葉、良くなかったかもしれねぇ……アイツさ、この前の雨の日、変だっただろ? 捨てられたのが、雨だったからか、毎回荒れてるって瑛二から聞いてはいたんだ。いつもは受け身なのに、自分から女に言い寄って、都合良く使って、終わらせてて、同じ女と一緒に居るのは見たことないって。俺が、雨の日に流果と会ったのは、あの日が初めてだったけど、いつもの流果じゃなかった……あんな違う奴みたいになるまで抑えなくてもいいのにな、少なくてもココでは……本当は、ハルと取引する話が出た時も、悩んだんだ。でも、流果が強く提案してきたのは初めてで、女と関わるのも、もしかしたら、変わるきっかけになるかもしれない、三人でやるなら俺も見てて、何かあれば対応できると思って、決めた。だけど、そんなん驕りだった。ハルにも、話はしておくべきだった……悪かったな」
知らないところで、二人のいろんな気持ちが動いていたんだ。流果にそんな辛い過去があったのも、全然知らなかった。何も知らないまま、別次元のすごい人なんて思って、きっといっぱい甘えてた。きっと、女の私がいることで嫌な思いをさせてたのに。我慢して一緒にいて、疲れちゃったのかもしれない。
『自分から言い寄って―終わらせる』
あの時、流果に答えることも、触れることもできなかったのは、動いてしまったら、もう一緒にいれなくなってしまうのを、どこかで感じていたのかもしれない。
……私、流果と一緒に居たいと思ってる? ううん、流果だけじゃなくて……。
敬があの日、電話してくれたのは、流果も私も、守ろうとしてくれてたんだ。実はいつも優しく包んでくれている敬にも、たくさん甘えてしまってるだろうけど、いつか二人の役に立ちたい、これからも一緒にいたいって思ってる。
「ううん、ありがと……いつも支えてもらってばっかで……ねぇ、私、このまま一緒に居て大丈夫かな?」
だけど、あの日呟かれた『疲れた』が、頭の中でこだまする。
「それ、聞くの俺じゃねぇだろ。俺の答えは前に言ってるし。アイツの分も飯作っとくから、迎えに行って来い」
「私が行って大丈夫……かな」
「……あの日、後で瑛二とも合流したけど、いつも雨の日は何しても無感情だったけど、あんな風に感情見せたのは初めてだって言ってた。アイツの中で、何か変わってきてんだと思う」
いろんな想いを振りほどくように、階段を登りながら、辺りを見回した。少し離れた植え込みのところに座る、見慣れた姿を見つけて、息を漏らしてから、近づいて声を掛けた。
「流果! 良かった。遅いから、心配してたんだよ。敬がご飯、作って待っててくれてるから、帰ろう」
「……そう」
目線は明後日に向かったまま。声が届いていないようで、ピクリとも動かない。
「……あのね、敬、流果に自分を犠牲にしたり、抑えたりしてほしくなくて……自分の気持ちを大事にできるようにって気持ちで、追い出したって言ってたよ」
「……そう」
さっきと全く同じ反応。どうしよう、届かない。私の声では。困っていると、後ろの方から不穏な会話が聞こえてきた。
「あれ、女? 男? すっげ美人」
「本当だ。あのビジュアルなら、男でもアリだろ。お前、女が良いなら、隣の行けよ」
すごく嫌な感じがする。男女問わず、こういうのを、ずっと受けてきたんだろうか。ダメ、流果を守らなきゃ、早く戻らないと!
「こんばんは〜。ねぇ、一緒にちょっと飲まない?」
お酒の香りをプンプンさせた男性二人が、声を掛けてきた。
「すみません、すぐ、戻らないといけないので……流果、行こう」
まだ、何も映さず、動かない流果。
「え〜、こっちの子は、飲みに行きたいんじゃない?」
そう言って、流果の腕を掴むと、すごい勢いで振りほどき、すごい形相で男性を睨んで言い放った。
「触んな」
見たこともない表情に驚くのと、乱闘になると青くなるのが同時だった。案の定、二人の表情が険しくなり、一人が流果の胸ぐらを掴んで立たせた。
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※「ビーフシチュー」は絵が2枚あります。
※見出し画像は、ぷらいまり。様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。
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