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連載小説【揺動と希望】 1−2

【1-2】



「そもそも戦争はどうして起こるか、皆さんはどう思いますか。戦争にはそれぞれ個別の特殊事情があります。これらひとつひとつを一括にし、一般化することは困難だと言えるでしょう。しかし、個々の戦争に特有の事情があるからといって、それらが外部環境から切り離されているわけではないのです。地政学的、もしくはグローバルな経済学的な観点からの関係性を検討する必要があるのです…」

 講堂の教壇に立ち、三隅正和は十数人の学生に向かって話し続ける。


 「例えばウォーラーステインの世界システム論、中心=周辺の構造を分析し、ハンチントンのいう文明の衝突をいかに抑制・中和させることができるのかを検討することが、これからの我々に課された課題ではないでしょうか。成長の限界論を見据え、資源のない日本が今後どう振る舞っていくのが良いのかを、遅い、と言われるかもしれませんが真剣に考えないとね」

 窓の外の木漏れ日を見つめながら、欠伸をする学生たちに「遅い」の意味がわかっているのかと三隅は訝しむ。


 「日本はこの五〇年間、地政学的にも先進国のパワーバランス的にも安定した位置にいました。これが日本人の外交感覚を鈍らし、判断能力の低下を招いていると私は考えます。イランのPKO派遣、トルコ大地震時の救援の遅れ、スーダンやジブチ紛争、アフリカ諸国の内紛への関与の仕方など、逐次対応すらおぼつかない日本の外交政策は、まるで井の中の蛙です。今後安定している世界が混迷の振り出しに戻るとも限らないなか、ではどうすればいいのかをこの授業では検討していきたいと思います」


 第三帝国大学での国際紛争の授業を受け持つ三隅はいつも腹が立っていた。腑抜けた面で頬かむりをしながら聴講する生徒たちをぶん殴ってやりたいと考えていた。しかしそのようなことはしない。なぜなら自分もそのような学生であったからだ。自分事としては何も見ず、考えず、日々の暮らしの些末的な事柄の中で、それなりに悩みながら過ごす、そうしたことにのんべんだらりと付き合いながら過ごした学生時代を、今の彼らにも認めてやらなければならない、との意識があっったからだ。でも、本当にそれでいいのだろうか。事態はそんなに緩やかなものなのか。彼ら、彼女らには、鳥の目をもってほしい。


 警報が鳴る。居眠りをしていた男子学生がビクッと起き上がり、きょろきょろと周囲を見渡す。


 「Jアラート」

 「みんな、落ち着いて」

 「すぐ止むよ」「またいつもの間違い」

 「ほら、鳴り止んだ」「訂正連絡が来るよ」「びっくりした」


 「なんか音しなかった?」


 爆風とともに、講堂のすべての窓ガラスが吹き飛んだ。




  四条烏丸には半径五〇メートルのクレーターが出現していた。地中一〇メトル程度まで深く彫り込まれたその穴ぼこには、水道管やガス管の切れ端と、中世の遺物と見られる木造建築の炭化した木々が見え隠れしている。半壊した外市ビルからは、東急ハンズの商品がそこかしこに散逸し、無残な姿を表していた。鼓月ビルは幸いにも倒壊せず、残っており、ミサイルが北西から南東にかけて落ちたため、ビルをかすめながら着弾したことを示していた。


 白馬村の着弾は、幸い山林への着弾であり、人的被害はなく、もう一つの彦根市の着弾も、彦根城の堀付近に落ち、近くの彦根市立西中学校の校舎窓ガラスが吹き飛んだものの、人的被害は僅かであった。ただし彦根城西の丸三重櫓は跡形もなく吹き飛んで、その後再建するまで三年を要することになる。


 烏丸に着弾したミサイルの威力は凄まじく、市内の至るところでその爆風の被害が発生した。六波羅蜜寺の平清盛公の石塚は笠が崩れ、、牛の像は台座から滑り落ちた。八坂神社の正門は倒れ、祇園界隈は恐怖に包まれた。

 田の字地区の住民は恐れおののき、噂や流言飛語が飛び交った。いわく、再度京都への攻撃がある、今度は核が飛んでくる、北朝鮮が韓国に侵攻を始めている、ロシアもウラジオストックから北海道に上陸した、大阪が海に沈んだ。SNSが進化した時代で、すぐに反証確認できそうなものだが、パニックとは恐ろしく、嘘とわかっていても人々は恐怖から逃れられずにいた。


 そうした噂は、火事場泥棒をも生み出し、保険金詐欺やボランティア団体を名乗る集団が「被害援助金登録」と称し、高齢者から金品を騙し取る事件も多発した。

 太平洋沿岸の、地震と津波による被害で、主要国道の交通網の乱れが慢性的に発生し、解消に時間がかかった。物流網も混乱をきたし、生活支援物資はもとより、通常の配送も大きな遅れを発生させ、人々の暮らしに影響を与える。まず、生鮮三品が市場に出回りにくくなり、食品の価格が高騰した。個配も遅延が常態化し、物理的な移動は減退する。市民生活もその影響を受け、消費活動は低下し、ネット、ITによる購買が増えるものの、実際の商品はなかなか手元に届かず、注文した商品が届くのに、平均一ヶ月を要するまでになった。


 市民の中には、役所や保健所の対応に不満を持つことが増え、連日市役所に人が押し寄せる。役人は対応に困り、管理職は逃げ出し、現場のみの対応は用をなさず、やはり機能不全を起こすことになった。日本滅亡、もしくは世界戦争を目論む陰謀論も巷に飛び交い、この危機を打開してくれそうな人物や組織を人々は熱望するようになっていった。

 銀行は、自社の保管資産を守るため、ATMを止め、窓口をシャットアウトした。保険会社は夜逃げ同然の逃亡を繰り返す。識者は国と行政の不備をあげつらうものの、何ら打開策を提示できない者は、画面内で総スカンを喰らい、以後コメンテーターという職業は衰退していく。芸能ニュースも不安解消に役立つことなく、緊急時には不向きという雰囲気のなか、減少することになる。代わってSNS内での会話が増大し、そのなかから戦略や方向性を確立していく団体や組織が生まれていく。そうしたグループは、ネットワークを駆使し、被災地へのボランティア活動を広範囲に企画運営するものが出現していくことになる。協調と攻撃が反転を繰り返し、世情は混沌を極める。


 新聞やテレビ、ラジオといった旧態依然のマスメディアは、なくなりはしなかったが急速にそこに関わる人間が減り、組織として細く、弱体化していく。そうしたなか、ネットラジオは高齢者の支持を得、その聴視者数は増加傾向となった。国内情勢に失望した富裕層は、アメリカやヨーロッパ、オーストラリアなどに移住し、海外へ出ていけない低所得者層の市民全般は、居住している自宅から出歩くことが極端に減っていった。半年後、国内のGDPは前年の約半分にまで落ち込み、日本は風前の灯となっていくのである。

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