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noteを書く理由


とりあえず暇つぶしで始めてみたnote。

何故、何のためにnoteを書くのかについて考えてみました。


noteに書いていることは主に、日頃思っていることや、唐突に思いついたことです。

それらの考えをどこにも吐き出さずに自分の中にしまっておくと、自分はそれを「秀逸な考え」であると思い込んでしまう傾向にあります。

故に、吐き出したいのです。


このことがうまく表現された文章を以下に引用します。


『自分だけが特別視するのは思い上がりである。ほかに優れたものはいくらでもある。小さな独創にかまけて、これを宇宙大と錯覚、先人の業績が目に入らなくなってはことである』
___________________外山滋比古「思考の整理学」


『頭の中にあるうちは、いつだって、何だって、傑作なんだよな』
___________________朝井リョウ「何者」



研究や勉強をしていると、ふと「これってなんでなんやろう?こういう風にしないのには何か理由があるんやろか?」みたいな考えが湧いてきて、それに対して"自分はこう考える"、みたいな意見が自然と出てくるようになってきます。

科学とはすべての事象に理由があると考えて論理で突き詰めていくものであるからです。

それと同様に自分の人生について突き詰めて考えたとき、自分がどんな考えを持って、何を主軸において生きているのかを考えることができます。

ただ、その考えは自分の中だけでは「正しくて絶対的なもの」であると思い込んでしまいがちになります。

だからこうやってnoteに書き出してみると、客観的に文章として自分の考えを眺めることができます。

そうすると案外、文章が論理的にまとまっていないことや、しょうもない考えだったことに気付くことができます。

そうしてまた自分の中の考えを洗練させることも可能だと思っています。


勉強して理解する、ものごとを修める、といったことの最終段階は
『他人に説明できるようになる』ことだと思います。

特に研究なんかは。


よって、noteに書いてみることで、自分の考えがいかに稚拙であったかを考えるきっかけになりますし、人に説明する体(てい)で文章が書けるので(おそらくこんなnote誰も読む価値はないが)、より自分を理解することにつながります。


研究テーマの創出にしろ、人生設計にしろ、社会での身の振り方にしろ、何を行うにしろ根本に据えるのは『自分の考え』だと思います。


そして自分の考えに自信を持つことで行動につながります。


よって、「自分は何が好きで、何をやっていきたいのか」
それを知ることがすべてにつながると信じています。


まとめます。

・自分の考えを見つめなおすこと
・誰かに説明するつもりで書くこと

これらができるのがnoteである。
そしてそれこそが、自分を理解することにつながると信じています。
故に、私はnoteを書きます。


書きたいことが無くなるまで。





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