【ショートショート】ふうせん
社会人になって、1年が経とうとしている。
いつの間にか夢見ていた大人になってしまったが、未だに大人だという実感がわかずに、ただただ社会という組織に足並みを揃えるのに汗水を垂らした1年だった。
思い立って立ち寄った近所の小さな遊園地でぽつり、子どもたちに風船を配るお姉さんや楽しそうに駆け回る子どもたちを眺めてふと思う。
大人って、何なんだろうな。
私もあの子達のように、何も考えずに駆け回っていたことを思い出す。
ただ、目の前のことに夢中になり、明日も遊ぼうねと別れる日々が何度でも続けばいいと思っていた。
しかし現実は無慈悲で、いつしか互いのことを敵対し合うようになり、あっという間に息がしづらい世界へと来てしまった。
大人になりたかったけど、大人になりたくない。
そんな子供じみたことさえ思ってしまうようになった。
社会の軋轢に目を瞑ろうとしたその時、いつの間にか目の前に風船を持った女性が立っていることに気がついた。
驚いて目を見開く私に、遊園地の制服に身を包んだ女性は構わず話しかける。
「よかったら風船いかがですか?」
風船だなんて。自分はもう、大人だ。
でも、屈託のない笑顔を向けられると、断れなくなってしまう。
なんだかいたたまれない気持ちになったが、風船を受け取った。
「ここは誰もが子どもになれる場所です。ぜひ楽しんでいってくださいね!」
そう言うと、女性は私から遠ざかっていき、子どもたちの側へと寄っていった。
小さくなる女性の姿を呆然と眺めながら、手渡された風船を片手にふと空を仰ぐ。
子どもの頃にできていたことが、大人になると何故かできなくなってしまうのだと痛感した。
ただ、風船を貰うだけだったのに。ひどく躊躇してしまった。
昔だったら、私の左手を握る母の手を振り切って、遊園地のお姉さんに駆け寄っていただろう。
善意でこちらに近づき、風船をくれた女性の優しさを、「大人だから」という固執した考えで受け取るのに戸惑ってしまった自分を、少しだけ憎んだ。
つまらない大人にはなりたくないな。
思わず口をついて出た言葉が、夕焼けに滲んでいった。