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Eurovision song contest に見る欧州の現在地

日本にはあまり馴染みのないけど世界の人が楽しみにしていることはいろいろあると思うけど,多くのヨーロピアンが老いも若きも5月になるとあちこちで話題にするのがEurovisionである.日本語にすると欧州歌謡祭.優勝した国が次の年の開催地となるのがこのお祭りの基本である.今年は昨年の優勝国スウェーデンの第3の都市マルメで開催された.

日本時間5月12日未明に決勝が行われた今年,2024年はスイスがダントツのスコアで優勝して幕を閉じた.2023は前述の通りスウェーデン,2022はウクライナ,2021がイタリアが優勝だった.正直,ここで歌われる音楽が自分の趣味かと言われると答えはNoである.普段自分の聴く音楽と重なる部分はとても少ない.それでもなお,この年に一度のヨーロッパ音楽の祭典が僕にとって面白いのは,こんなにも世界は多様なのかと心を動かされるからだ.日本では見ることができない,個人と国とその政治と思想,文化の織りなす出来事からヨーロッパの今が見えるからであり,難題を抱えながらそれでも前を向いてデモクラシーと向き合い葛藤するその様がこのようなエンターテイメントにも垣間見られること、つまり、それが日常であることへの憧れなのかもしれない.

Eurovisionの歴史は古く,1956年から開催されていて,主催はヨーロッパ放送局ネットワーク(欧州放送連合)が主催している.そこに加盟している国々が毎年国の代表としてひとり(組)のシンガーかバンドを送り込み、例年5月中旬の土曜日に開催される決勝まで数日に渡り国別対抗戦を繰り広げる.欧州放送連合に加盟している国は2023年度時点で52を数える.サッカーの欧州選手権の音楽版と言えば分かりやすいかもしれない.また,オリンピックがそうであるように政治とは切り分けている趣旨ではあるものの,現在のロシアのように状況によって参加を許されない国も出てくる反面,なぜかオーストラリアはヨーロッパではないけど長年このイベントの放送を続けてきたことで参加権を得ているのも面白い.

また,個人的に可笑しみを感じるのは音楽大国UKがこの大会ではまったく振るわないことだ.敢えてなのか,と勘繰られるほど弱いのがいつものことらしく,ほとんど自虐的である(実際,一部のラジオ報道では自国でもう出場するべきではないという議論も起きるらしい笑)確かに,ここで繰り広げられる音楽のジャンルというか曲の傾向は世界的なマーケットとは微妙にずれている.もちろん,今を席巻するK-Popとも違い,90年代に隆盛を極めたユーロビートが各国の民族色や現代の商業音楽と溶け合って進化したような独特な世界観と言えるから,その国の音楽的なクオリティのポテンシャルとは別物である反面,国を代表して選出されるわけなので,非常に大衆的という側面もあるので,マジョリティでありながらコアな音楽ファンはあまり関心がないという状況ではないかと思う.ショーの要素も大きく,ユーロビジョンでウケる音楽,というのがあるようなのだ.これは紅白歌合戦にも少し似ているかもしれない.それもまた面白い.

Eurovisionの決勝は5時間にもわたり,Youtubeでもライブ配信されるので,日本では未明から朝早くにかけて見ることができる.決勝に進んだ26ヶ国がそれぞれステージで歌を披露し,全てのパフォーマンスが終わった時点で参加国が自国以外の国に与えるポイント,そして全世界の視聴者からの投票がポイントとして加算される方式を取り,最後まで勝者がわからない演出で盛り上げる.このあたりは,日本でもお笑いのコンテストで馴染みがあるから賞レースの万国共通のスタイルと言えるだろう.

僕がEurovisionに関心を持ち始めたのは2021年.イタリアのマネスキンが優勝した大会をイタリアの友達と申し合わせてYoutubeのライブ配信を見たのがきっかけだ.ちょうど,新型コロナウィルスが世界中に蔓延して中止になった2020年を挟んで,苦難の中で主催者が2021年は規模や手法を工夫しながら開催を決断する報道があって,ヨーロッパではある意味コロナで失われた感情的な繋がりをここに見出そうとする熱のようなものを感じないわけにはいかなかった.2022年の2月にはロシアがウクライナへ侵攻し,それでも参加を決めたウクライナが優勝をすることとなった.開催地は前年の優勝国がホストすることになっているので,ウクライナでの開催がどうなるかについて議論の末,代替地としてイギリスが会場と経費負担を引き受けて翌年の2023年はリバプールで開催された.つまり、こういう社会のあらゆる側面を反映し調整しつつ,決断を下していく中で弛まぬ希望のようなものが根底に流れている.それが僕を惹きつけるのだ.

当然,今年はイスラエルのガザ侵攻が大きな政治的な問題として,この大会にも影響を与えた.イスラエルが参加を許されたことに対し,会場の周りにはデモが発生し,厳戒態勢が敷かれ,会場内外でも多くのトラブルや心を痛める報道がたくさんあったものの,大会は何とかやりきられた.

今回の優勝は,冒頭に触れたように,ノンバイナリーを公言している歌手のニモが1988年のセリーヌ・ディオン以来の栄冠をスイスにもたらした.決勝に残った25カ国(準決勝後のトラブルのためオランダは決勝で歌うことが許されなかったのもいろんな憶測が飛び交っている)それぞれを見るだけで,他民族の連合がもたらす文化的(ビジュアル的にも)幅広さに圧倒される.もし,まだ見たことがないという人は一度見てみてほしいなと思う.まったく日本の文脈と違う世界が垣間見れると思う.好きか嫌いかを判断する必要はない.その違いを受け止めるだけできっと違う風景が見えることだろうと思う.


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