見出し画像

トマト嫌いでもこのトマトなら食べれるみたいな本|『わっしょい!妊婦』/小野美由紀

妊娠・出産レポが苦手である。
とはいえ、妊娠・出産レポなんてのは殆ど女性、もしくはこれからパートナーの妊娠を経験するかもしれない男性がターゲットであり、既婚子持ち男性の私なんざ読者として想定外中の想定外、私から苦手に思われようがレポ側としてほぼノーダメージなのは重々承知している。
承知の上ではあるが、ここは私が書きたいことを撒き散らすインターネットなので、自覚を放り投げて苦手な理由を書く。
以下項目は私の超絶主観である。

①妊娠中の様子が自分の妻と乖離している場合が多い
妊娠・出産レポは読み物として構造が比較的作りやすいのだと思う。
なぜなら、「苦労して宝を手に入れる」という古からある少年漫画的展開が、自分の体と心で再現できるから。
しかも、妊娠は週数を追うごとに痛みやトラブルが増えていき、最大の山場である"陣痛"は出産直前に起きるので時系列をそのまま追えば物語が盛り上がってくれる。
レポとしては、子供を産むまでには身体的・精神的に辛ければ辛いほど、そして生まれてきた子供は可愛ければ可愛いほど面白くなる。
結果として、話題になっている妊娠・出産レポはとにかく妊婦が苦労している描写が並ぶ傾向にある。
彼女たちは重い悪阻つわりで過食・嘔吐もしくは食欲を喪失し、失禁し、太りすぎ、妊娠性糖尿病になり、痔になり、常に睡魔に襲われ、全身の肌が荒れ、足が爆発し、腰が爆発し、イライラしては物にあたり、夫にあたり、親にあたり、意味もなく泣く。
別にこれが創作だと言う気はない。本当に大変だったんだろうと思うし本当に大変だったからこそ文章に真実味が生まれ面白いものが生まれるのだとも思う。が、いまいちピンとこない。これはひとえに自分の妻がこんな状態じゃなかったからである。幸運なことに我が妻は母体として優秀だったのだ。
確かに死ぬほど寝てはいた。コアラになっちゃったのかと思った。しかし、ほぼそれぐらい。悪阻も無くはなかったが、「あんまり食欲ないなー」ぐらいだった。精神的にも別に不安定ではなく、妊娠中、喧嘩は一回もなかったと思う。
結果、「これが妊婦の辛さじゃい!!ドドン!」と見せられてしまうと、目の前で見てきたこととのギャップに心がスッと引いてしまう。

② かなりの確率で男性批判・社会批判が書かれている
妊娠・出産レポは高確率で男性批判・社会批判の項がある。
身近な男性である父や同僚(夫批判が多い育児レポはあんまり見ない気がする)の愚痴から始まり、社会保障の不足に話が展開し、いつの間にやら「日本は男性偏重で、女性が生きにくく…」みたいな話になる。
妊婦になった以上、この日本に一家言、いや二、三家言あるわい!という気持ちが湧くのかもしれないなとは思う。心身不調で今まで気付かなかった社会のバリアを痛感することもあるだろう。
とはいえ、悲しいかな私自身は男性であり社会人なので思いっきり批判される側だ
それに輪をかけて最近のSNSは異性批判・社会批判がとかく多いので、こちらとしては許容量オーバーの食傷気味である。
私は普段、自分の心を守るためにSNSの男女論を半無視しているので(なのになぜかTLに出てくる)、レポの中でいかに作家と編集者が言葉を研ぎ澄ませ、シャープな切り口で男性社会を切っていたとしても、「ああ、似たようなこと変なアカウントが昨日Twitterで言ってたな」ぐらいにしか心が動かなくなっている。機能不全である。
このような状態に陥る度に、「他人の思想をデトックスしないと…!」という気持ちになるが、機能不全となった私の心に作者の叫びは届かないことが多い。これは我が反省点であると同時にSNS社会の弊害でもある。

③「世界で一番かわいい我が子」的な表現
いいえ、うちの子が一番かわいいです。異論は認めません。


と、いう訳で今回は妊娠・出産ルポ『わっしょい妊婦!』の感想を書きます。
最悪のリード文でしたね思わず敬体になっちゃう。
しかし、なぜ私がここまで妊娠・出産レポの悪口的なものを書いたかというと、この本、こんな私でも楽しく読めてしまうからである。
しかも、上記の私の苦手な理由がすべて盛り込まれているにも拘らず
、である(我が子が世界で一番かわいいとまでは書いてなかったかも)。
トマト嫌いでもこのトマトなら食べれるみたいな紹介文になってしまって申し訳ない。でもそうなんだもん。苦手な部分を全く感じなかったと言えば嘘になってしまうが、総評としては十分に面白かった。

では、何故このルポは他のルポより面白いのか。
列挙してみたいと思う。

・「苦労して宝を手に入れる」ステップの苦労が予測を超えてくる
出産が近づくにつれ、「ここまで苦労するとはこっちもあんまり聞いてないんだが…」なシチュエーションがバシバシ飛び込んでくる。
「最後はきっと無痛分娩なのにめっちゃ痛かった的なトピックで締めかな」と思っていた私の予想ははるかに飛び越えられた。凡夫を妊婦が飛び越える瞬間である。苦手なジャンルもあまりに予想だにしない展開が起こると楽しめるということを痛感した。

・心の移り変わりの描写が緻密
この本を手に取った時、まず驚いたのがページ数の多さである。
単行本にして320ページ。妊娠レポでそんなに書くことある?大体150~200ページぐらいじゃない?
しかし、読んでみると、妊娠の各過程において自分の心がどう動いたのかがとても丁寧に描かれている。ここまで言葉を尽くすなら、ページ数も多くなるな、と思った(上記の出産直前の事件頻出もページ数の多さに一役買っているが)。
そして、ここがこの本の非常に素敵なところで、言葉を尽くしてくれているからこそ、自分の妻もあの時はこんな気持ちだったのかもしれないと思わせてくれる。経産婦なら、言語化できなかった気持ちがこの本に文字として載っているのではないだろうか。

・旦那さんのコメントが秀逸
この本所々に注釈として、著者の旦那さんのコメントが入る。これがまためちゃくちゃ共感できる。旦那さんのエッセイも読みたい、私は。
この手法を取ろうという発想に至ったのがまず凄い。そして、旦那さんのコメント力も素晴らしい。
育児をする気がある父には刺さる注釈だと思う。

・単純に文章が面白い
結局これなのよ。
例えとかいちいち上手い。文章の歯切れがいい。オチのないエピソードもほぼない。
私もこういうの書きたいんだよなあと思わせる文章。妊娠レポじゃなくてもこの人の文章面白いんだろうなと思わせるセンスと筆力。結局これです。

総合していいエッセイなのでした。
後、装丁のインパクト凄い。極彩色壁画タッチ(?)妊婦。

と、いう訳でそろそろ子供の退園の時間なのでこの辺で締める。
お迎え行くぞ!わっしょい!

p.s
ちなみに「無痛分娩なのにめっちゃ痛かった的なトピック」でも良かったnoteも添えときます。これもこの話題じゃなくてもこの人の文章面白いんだろうなと思わせるレポですね。
なお、うちの妻は自然分娩でしたが、「思ったほどは痛くなかった」と申しておりました。妊婦それぞれ!


この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?