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【書評】世界史と地理は同時に学べ(山崎圭一 著SBクリエティブ株式会社)

11代目伝蔵書評100本勝負49本目
 本を読む方だとは思う。しかしながら、読むスピードは決して速くはない。そして買うことの方が得意だから書棚には未読の本が並んでいる。、というより散乱している。今年の4月還暦を迎えるから残りの人生を考えるとそれらを全て読み終えることはないだろう。だからという訳でもないが、書斎を整理するのは半分諦めている。大き聞こえでは言えないが、もう1冊も本を買う必要はないのだ。でもそうは問屋が卸さないのが人生だ、多分。

 著者は公立高校(福岡県)の社会科教師である。おそらく人気教師だったのだろう、「先生の授業をもう一度受けたい」という卒業生からのリクエストに応えてYouTube チャンネルを始め、それが元となって本書ができた。僕も教員の端くれだったからこれが稀有なことであることは分かるし、読後の感想は「ああ、いい先生だなあ」だ。羨ましい。
 教員の世界はちょっとだけ詳しい。ご存知のように世界史と地理を教えることのできる教員は少数派だ。内容が全く異なるからだ。しかし考えてみれば歴史を学ぶとは地理を学ぶことでもあるし、逆も又然りだろう。ちなみに地理は物理的な位置だけでなく、地域の特性、人種、民族、風土や自然環境なども学ぶ。だから気候や民族的な特徴とその興隆、生活様式、生産品や鉱物資源の有無も地理で学ぶ内容となる。例えば、現在起こっているガザ地区を巡る紛争はその歴史的経緯だけを知っても全体像は見えてこない。驚くことにパレスチナ人が住むガザ地区は年々縮小している。まずは地理的な範囲を把握することがこの紛争を考える上で(そして解決のためにも)最初の一歩だ。そもそもガザ地区がどこにあるのか、どんな風土や自然環境や人々の暮らしについて知っている日本人は圧倒的に少数だろう(僕もその一人だ)。
 ある国について知る(歴史も含めて)とは地理的位置、例えば人種、宗教、国境、そして隣国との関係等を知ることの重要性を本書から学んだ。

 不幸なことにこの駄文を書いている(打っている?)今、世界各地で紛争が起こっている。主なものの一つで世界の関心を集めているのはロシアとウクライナの戦争だろう。ロシアが一方的にウクライナを侵略したのは間違いないから明らかに国際条約違反である。しかし歴史的経緯をみるとそれほど単純ではなく、歴史的経緯がこの戦争に背景にあるようだ。本書によればその一つがウクライナの肥沃な土(黒土)にあるという。
 ウクライナは世界でも有数の穀物輸出国だ。それを支えているのがウクライナに拡がる黒土である。黒土は「チェルノゼーム」と呼ばれ別名「奇跡の土」「土の皇帝」という異名を持つ。この土のおかげでウクライナは良質の穀物(その中心小麦だ)を大量に生産することができるのだ。それではなぜウクライナは黒土に恵まれているのか?そこは世界史&地理の先生である山崎先生の出番だ。
 ウクライナの気候は地理ではステップ気候に分類される。その中でも一定の降水量のある湿潤ステップ気候で、草木が生えては枯れそれが微生物により滋味豊かな黒っぽい腐葉土となる。そして毎年このサイクルが繰り返され、常に豊かな土壌がキープされ、ウクライナは有数の穀物国となったのだ。
 ロシアがウクライナを侵略したのにはいくつも動機があるようだが、先生によればその一つがウクライナの黒土にあるという。戦争のせいで、ウクライナの穀物生産量は格段に落ちた。ウクライナで生産される小麦が輸出できないことで輸出先であるヨーロッパ各地のパンが値上げになっている(その影響は日にも及んでいる)。それだけでなく、ロシアの侵略を防ぐため、ウクライナはその豊かな土壌に無数の地雷を設置しているという。恥ずかしながら僕は地雷は過去の兵器でその使用は全面的に禁止されていると思っていた。しかし最近オタワ条約(対人地雷全面禁止条約)の存在を知ったが、批准している国は162カ国に過ぎず、アメリカ、フランス、ドイツなどは批准していない。もちろん?ロシアもウクライナも批准していない。世界でも有数の豊かな農地に小麦ではなく、地雷が埋められているのだ。この一点だけでも即時停戦の大きな理由になると思うのだが。

 もう少し楽しい話をしよう。世界三大料理が「フランス料理、中華料理、トルコ料理」であることは本書から知った知見であるが、(トルコ料理ではなく、イタリア料理だと思っていた) 先生によれば中華料理は12世紀以降、圧倒的に美味しくなったそうでそれはエネルギー革命によるところが大きいという。それまで火種として木を燃やしていたが、森林伐採で森が砂漠化し、保守力も弱まって自然災害が多発するようになった。そこで12世紀以降、石炭を利用するようになったのだ。しかも中国の石炭の多くは露天掘り(浅い土壌に石炭がある)で日本のように大掛かりな坑道を築く必要がないというのも石炭が拡がった理由だ。そして石炭を使うようになって火力が上がり、中華料理が美味しくなったというのだ。さらに言えば木が不足していた時は店の営業時間が制限されていた。しかし石炭を使うことでエネルギー問題が解決し、営業時間の制限が撤廃された。それに伴い新たなレストランが営業を開始し、店が乱立することになる。当然料理人たちは腕を競い合い、料理の質の向上に拍車をかけたという訳だ。そして先生の熱弁?はここで留まらず、陶器にも言及する。前述したように石炭を利用すると火力が上がるが、それにより高温の釜が可能となり、より美しいバラエティーに富んだ陶器が作られるようになった。火力が上がることで、オリーブグリーンの光沢を発する青磁が作ることができるようになり中国を代表する陶器になったのだ。風が吹けば桶屋が儲かるの類なのだろう。
 年取ると多くの人が歴史に興味を持つようになると個人的には思っているが、そこに地理的なエッセンスを加えることで更ならる知的な世界?が拡がるだろう。ぜひ一読を。そして本書は第1章の「ヨーロッパ」〜第5章「地理から読み解く世界遺産」まで五つの章から構成されていてほぼ世界の歴史と現状が地理的視点を加味して解説されている。目から鱗の内容もふんだんに盛り込まれれている。だから座右の書にして例えば国際ニュースを観るとき、百科事典的に利用しても楽しいと思う。

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