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【書評】善き書店員(木村俊介 著 ミシマ社)

11代目伝蔵 書評100本勝負 41本目
まずはこの本を買った経緯から。
 この本は先月、新刊書店で買いましたが、出版は2013年です。つまり10年前に出版された本です。10年前に出版された本を新刊書店で買うことは滅多にないことだと思われます。買ったのは愛する大垣書店京都ポルタ店。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、京都駅地下街B1にあります。駅に隣接した店舗なので?売り場面積はおそらく30坪に満たない程度。しかもメインの購入層は観光客だから京都観光案内本や関連本は欠かせません。当然のように入り口平置きのスペースはそれらの本で埋め尽くされています。これだけなら特筆することはないんですけど、この店の凄さ?はメインの書棚から一つ裏手にある書棚の充実ぶりです。ここもまた、少し硬めの京都関連本が配置されるほか、あまり馴染みのない文芸書その他が充実しています。しかも背表紙に配置するだけでなく、表紙を表にして置けるよう書棚を工夫していますから、僕にとっては「思わず手にとり、買ってしまう」本屋で、重宝しています。例えば「リハビリの夜(熊谷晋一郎 著 医学書院)」はこの本屋でしか買えなかったと思います。購入意欲がそそられたのは本書の表紙が見えるように目線からやや下の位置に配置し、大書きされたタレント星野源の帯コメント「ヤバい、超面白い」が目に飛び込んで来たからです。この店舗のスタッフは意識的に表紙の帯が見えるように配置したに違いないのです。そしてこの時同時に購入したのが本書「善き書店員」でした。

 本書はインタビュー集で、6名の「善き」書店員がインタビューに応じています。全員一般には無名の人々で、インタビューアーを名乗る著者「木村俊介」の「市井の人々をインタビューすることで日本の過去・現在・未来を明らかにする」という思想に基づいて構成されています。350ページ弱ですからそれなりにボリュームもありますが、インタビュー形式ですから内容の興味もあって文体平易で読み易く一気に読了しました。
 本書を読んで知ったのは書店員という職業が思いの外重労働ということです。ダンボールに入った本は重くその運搬は骨が折れる仕事だと言います。そして何より長時間労働で、そのほとんどが立ち仕事です。だからなのか離職率も高い職場でもあります。例えば東京堂書店神保町店の小山貴之さんは「ほんとうに好きじゃなければやめたほうがいいよと年下の人間にいわざるをえない業界になっていますよね」と告白します。
 この「ほんとうに好き」というのはなかなか重い言葉で、「ほんとうに好き」で働いている人の方が書店員でなくても少数派であると思われます。しかし一般的に長時間労働で、給料は安く、休みの少ない書店員にとって「ほんとうに好き」ということがより重要な意味を持つのでしょう。本書に登場する6名が持つそれぞれの意味は微妙に異なっているように思いますが、「本を売りたい」ということは共通していると思いました。考えてみればそれで給料を得ているんですから当たり前なんだけど、僕にはちょっと意外でした。商売気に乏しく、本好きの人というのが僕の書店員さんに対するイメージです。でもちょっと違っていました。例えばジュンク堂ロフト店の佐藤純子さんは「売るべき本はきっちり売らなければなりません」と言い切ります。そのために6人それぞれが様々な工夫やトライをしているのを知りました。それによってそれぞれの店に個性が生まれ、「ここの本屋では変な本買っちゃうようなあ」とか「品揃いはいいのにここで本を買うことが少ないなあ」という違いが生まれるんでしょうね。
 僕にとっての本の魅力はまず「意外性」にあります。もう少し分かり易く?言い換えると「思いもかけなかった本を手に取り」「知らなかったことを知る」ということでもあります。それは必ずしも知識が増えたということに留まらず、自分の興味関心がどこにあるかを知るということにも繋がります。そして僕の広い意味での知的好奇心を刺激してくれることが良い本屋だと僕は思っています。その意味で前述の大垣書店ポルタ店は僕に新たな経験を佐せ、視野を広げてくれる本屋の一つです。
 前述したように本書は10年前に出版された本です。当時でさえ、本屋の数は年々減っていてその将来は暗いと言われていましたから本書も書店の維持存続に苦闘する書店員の様相がその基調となります。実際本書に登場する6書店のうち、ジュンク堂書店仙台は統廃合されましたし、廣文館金座街本店は閉店となりました。特に廣文館は古くから僕の地元にあるちょうどいい大きさの本屋でしたからショックでした。自社ビルであるのは知っていましたから簡単には閉店にならないと思っていましたが、閉店後100円ショップに生まれ変わり、ショックに輪を掛けました。なぜって本を売るより、賃貸に出した方が利益が大きいということになるからです。
 手元にある資料で確認すると書店数はこの20年でおおよそ半減(2003年22,880店舗→2022年11,495店舗)しています。しかし総売場面積はこの20年でほとんど変わっておらず、それだけ大規模店化したということなのでしょう。僕のような書店に関する素人でさえ大型店舗化が中規模店舗以下の書店を駆逐したのは分かります。
 僕の住む地元でも街の中心部にあり伝統もある中規模以下の書店は全て閉店しました。そしてこの状況はさらに悪化?していると思われます。その理由の一つが電子書籍の普及でしょう。本書では電子書籍が出始めの頃で、ほとんど言及されていませんが、紙の本を追い抜くのは遠い将来のことではないかもしれません。そうすると書店を大型化すれば状況が改善するという時代は終わっているのかもしれません。僕も新刊本は電子書籍で買うことの方が多くなりました。この傾向はさらに拍車がかかることでしょう。つまり書店を大型化し品揃えを充実させることで勝負する時代は終わったのではないでしょうか?大型書店もまた各書棚を工夫し、充実させることがさらに求められていくのでしょう。
 これから書店はさらに淘汰の時代に晒されることになるでしょう。そのような状況下で本書では長崎書店の社長、長崎健一さんのインタビューが僕には一番響きました。インタビューの中で彼は「町の本屋の最高峰を目指す、という目標ができてからですよね、ほんの少しですけど、強くなれたかなと思っているのは」と答えています。長崎書店は明治創業で熊本では最も古い本屋だそうです。父親が社長だった時、資金繰りに苦労して健一さんが大学を中退して地元に帰り、経営に参加します。これまでの経営方法を変え、紆余曲折を経て融資を受けて思い切った店舗改造をしました。前述の発言は彼の経営方針を端的に表しています。
 長崎健一さんがインタビューを受けたのは10年前ですから、今現在の姿を見てみたいと思いました。厳しい状況が続いている書店業界の「町の本屋の最高峰」がどんな風に実現しているのか、または実現していないのかを野次馬根性ですが、見たいと思ったのです。結論から書けば早速熊本まで行ってみました。その詳細については別稿に譲りますが、いずれにせよ、「善き書店員」は魅力いっぱいの善き本でした!
 

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