青春の語彙で作られたゾンビ・ミュージカル〜『アナと世界の終わり』

ゾンビ映画とミュージカル映画をくっつけてしまった『アナと世界の終わり』を、6月26日に見てきた。

片田舎の町リトル・ヘヴン。高校卒業を目前にしたアナは、大学進学前にオーストラリア放浪の旅に出ようとしているが、父親に反対されている。アナの周囲の友人たちはそれぞれに鬱屈を抱えている。折しも、町にゾンビが襲来し、住民たちを次々に襲いかかる。アナたちは生き残り家族や恋人に再開しようとゾンビに立ち向かっていく。

といった、わりかし直球のゾンビ・アポカリプスものを、これまた直球にミュージカル仕立てで描くというのが、本作だ。
「そうは言ってもゾンビに対してもミュージカルに対しても何らかメタ視点入るんでしょ?」と思っていたのだが、「ハッシュタグつけてゾンビとの自撮りをアップしよう」とか「ジャスティン・ビーバーがゾンビになったって」とか「ハリウッドのような結末は訪れない」とか、高校生たちの日常会話(とミュージカル・パフォーマンス)の中にメタと受け取れなくもない表現が混ぜられているくらいだった。メタというか、もはやベタというか...。

さて、わたしはゾンビ映画を全くといってよいほど通ってこなかった人間で、代わりにミュージカル映画をビュンビュン通ってきた人間である。なので『アナと世界の終わり』も音楽のスタイルや歌・ダンスの働きにどうしても注意が向いてしまう。
ミュージカル映画としての『アナと世界の終わり』の作りからは、ディズニー・チャンネルで時たま流れる長編実写映画といった印象を受けた(ディズニー・チャンネルでこの作品がテレビ放送される日はおそらく来ないだろうけど。)
音楽は基本的にキャッチーなポップ・チューン。歌の内容は(劇中舞台のパフォーマンス以外は)基本的に心情吐露。の割に歌詞のスケールがなんだかでかい。フラッシュモブのような群衆ダンス。
少しぎこちなく、気恥ずかしいまでに直球なミュージカル・パフォーマンス。けれどもそれが、狭さと広さが奇妙に重なり合った世界に生きる高校生たちの表現として合致していたように感じた。


こんな場面があった。ゾンビの襲撃から逃げて一時的にボーリング場に立てこもったアナたち4人の高校生は、軍がゾンビへの攻撃を始めたことを音と光で知る。不安にかられた彼女たちは、「人間の声を聞きたい」と歌う。

人間、隣にいるけども...?

ボーリング場で避難している同級生たちは人間だけれども...?

と、見ながら思わず内心ツッコミを入れてしまった。
歌いながらスマフォのホーム画面に設定された家族や恋人の写真を眺めるという描写を踏まえるに、この歌で言われる「人間」とは家族や恋人のことであり、たまたま避難所に居合わせた友人知人ではない。
だったら「大事な人の声を聞きたい」なり歌詞にやりようがあったのでは...?と一瞬思われる。だがしかし、限定的なものを指し示すのに妙にスケールのでかい表現をするというのは、子どもやティーンエイジャーによくある話だろう(「みんな」=友達3人とか)。
なので、このミュージカル・ナンバーは青春の語彙による終末的世界の把握が端的に表現されていたと考えられるのだ。

このように、ゾンビ・アポカリプスに放り込まれた子どもたちを描くのにティーン・ミュージカル映画的スタイルは結構相性がよいと思った。
加えて、劇中で歌う機会を持つ大人も子どもと同様のスタイルで描いているのが興味深かった。
たとえば、住民たちを積極的にゾンビ化させるサヴェージ校長は、アナたちと同様の妙にスケールのでかい心情吐露のナンバーを歌うのだが、これは彼が子どもじみた支配欲と、危機に際して労わりあう親密な他者がいる者への嫉妬にドライブされていることを示している。
アナの父親トニーはどうだろう。
トニーはシングル・ファーザーであり、アナがギャップイヤーで放浪の旅に出ようとしていることに反対している。ゾンビ・パニックが進展する中で、級友たちとゾンビを狩りまくるアナに対して、トニーは基本的は避難所で身を隠す。最終的に、彼はアナと協力してサヴェージを倒すが、トニー自身もゾンビに噛まれて倒れる。
『アナと世界の終わり』は、身も蓋もなく言えば、ゾンビ襲来を跳躍版にしてアナがトニーを乗り越えていくビルドゥング・ロマンスといえる。ただし、トニーはアナの旅に反対してはいるものの、圧力は強くない。娘が怒り口をきかなくなったら戸惑う父親として描かれている。トニーがアナに対して鋭い対立を望んでいないことが、トニーの歌がアナら子どもたちが歌うアンサンブル・ナンバーの一部に組み込まれており、トニーが一人で歌う機会が設けられていないことからも窺える。

このように、ゾンビ映画+ミュージカル映画という一見突飛な試みではあるのだが、ミュージカルの劇作法としては割と筋が通っている作品であるように思われた。

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