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転生vol.11

祈子さんが泣いていたあの夜から一夜明け、今日もいつもと変わらない日を始めた僕は、祈子さんの言葉の意味を考えていた。

ずるいと、言った。
そんな所まで似ているとも、言った。

僕は、誰かに似ているんだろう…
そう思うようになったのはもう随分前だったけれど、祈子さんが紹介してくれる知人に会う度に、皆が一様に驚きの表情を見せることを考えると、僕が似ている誰か、、、はきっともうこの世にはいない。

そして恐らくその人はたくさんの人に愛されていたはずだ。その人を知っていたであろう人達は、驚きの後には必ず、戸惑いながらも、懐かしむような、微笑むような、切ない顔をした。
顔をしかめるような人は誰1人いなかった。

祈子さんだけは、懐かしさと共に、少しだけ苦しい表情を見せるのは、その人が彼女にとって、相当近しい存在だった証拠なんだろう。

ここまで分かっているのに、僕は何も知らないフリをした。

聞かないで。
話してしまいたいけど、それ以上は聞かないで。

そんな風に牽制をされていたように思うからだ。

だけど、ある日、一人の男が店にやって来て、僕にこう頼んだのだ。

あいつを愛してやってくれないか。

祈子さんのことをあいつと呼ぶその男は、僕がここに勤めてから初めて見る顔だったけれど、随分と僕のことを知っているような風に見えた。

僕なんかでは祈子さんを幸せに出来ないような気がします。

そう応えると、男は次にこう言った。

あいつを愛せない、とは言わないんだな。

なるほど、確かに。
僕は祈子さんを愛せないのではない。
愛せないのでは無く愛してもらえないと思っている。
たとえ祈子さんが僕のこの顔を愛してくれたとしても、それはきっと僕ではない。

あの凛とした眼差しも、時折みせる眉間にシワの撚った表情も、寂しげに昔を想う気配も、、、

柔らかく語りかけてくれる声色も、知的で適切な言葉遣いも、ほろ酔いでくだけた時の冗談も、、、

その全ては、僕ではない誰かのものだ。

それを知っていながら、この顔だけを武器に彼女を繋ぎ止めるのは、卑怯な気がした。
そんなことを考えていると、その男は続けた。

ま、分かるさ。
そのマスクはアドバンテージでは無く、逆にハンディキャップだと思う、君の気持ちも。


自分の全てを見透かされたような気持ちになった、
その夜。
僕は蓋をしていた自分の感情に気づかざるを得なかった。

つづく

読んでくださるだけで嬉しいので何も求めておりません( ˘ᵕ˘ )