教皇

“対話”が生み出す世界とは 映画「2人のローマ教皇」 #233

「アイデアとは、既存の要素の新しい組み合わせである」

ジェームス W.ヤングの『アイデアのつくり方』にある言葉です。組み合わせるものは、遠くにあるもの同士の方がおもしろくなるのだとか。

最も遠いもの同士の組み合わせは、アイデアだけでなく、対談という形でも実現しています。『死ぬってどういうことですか? 今を生きるための9の対論』という本は、瀬戸内寂聴さんと、ホリエモンこと堀江貴文さんの対談をおさめたもの。

仕事や子育て、戦争と権力、生と死といったテーマで話が進むんですが、まあ、かみ合わないです。

ただ、さすがオトナというか、頭のいい人というかなので、かみ合っていないけど「対話」からは逃げないんですよね。

コーチングのトレーニングを受けている時、何度も何度も先生と話し合ったのが「聞く」ことについてでした。人間誰しも自分の意志や感情を持っています。それにフタをすることなく、相手の言葉を「聞く」にはどうしたらいいのか。

今でも迷うし、悩みます。

原田マハさんの小説『本日は、お日柄もよく』でも、ライターの師匠は「リスニングボランティア」をしている人でした。

映画「2人のローマ教皇」は、最も遠い考えを持つふたりの聖職者による「対話」を描いた映画です。最初はかみ合わず、反発するのですが、お互いに「聞く」姿勢を崩さないことが印象的でした。

カトリック教徒にとって精神的な支柱である「ローマ教皇」は終身制です。教皇が亡くなったあと、次の教皇が枢機卿による選挙で選ばれます。これが「コンクラーベ」。システィーナ礼拝堂で行われる儀式なので、一般人は何をやってるのか分からない……のですが。

文房具女子は見ました!!!

教皇4

投票用紙に記入する青いボールペン。あれはPILOTの「スーパーグリップ」だ!!! ノック式です。

さらっと書きやすいペンなのですが、アンソニー・ホプキンスが握りしてめているタイプは、今は販売していないものなので廃盤になったのかも。なぜ分かるのかって? わたしが青インクのペンマニアだからです。

秘密の儀式なんだからもっと羽ペンと羊皮紙などを使うのかと思っていたんですよね。それがこんな庶民的な筆記具を使ってるだなんて。

バチカン、教皇と聞くと、権威と伝統という言葉が浮かびますが、中の人たちだって人間なんです。当たり前のことですが。

その、とても人間的な姿が、映画では描かれます。

2012年、当時のローマ教皇だったベネディクト16世は退位を決意。現教皇となるホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿をアルゼンチンから呼び寄せます。この時、ベルゴリオ枢機卿は辞職願を手にしていました。

教皇3

保守派の代表格とみなされていたベネディクト16世は、現代社会との壁を自覚しつつも、自説を曲げることはありません。一方のベルゴリオ枢機卿は進歩派。スキャンダルに揺れるバチカンに別れを告げるつもりだったのです。

別荘の庭園で始まった最初の対話は物別れに終わってしまいます。この時の映像がいいんです。

♪ あなた~は右に~ わたし~は左に~

上から俯瞰する映像の中心には大きな木。スタスタ(というより、ヨロヨロ)と立ち去るベネディクト16世は右へ。ベルゴリオ枢機卿は左へと足を進める。ふたりの心に距離があることを感じさせてくれます。

瀬戸内寂聴さんと、ホリエモン、ベネディクト16世とベルゴリオ枢機卿の対話。どちらも最も遠いもの同士の組み合わせです。

堅物で、ジョークを理解しない、でもどこかチャーミングなベネディクト16世は、お茶目な尼僧の瀬戸内寂聴さん、新しい時代の教会を作ろうとするベルゴリオ枢機卿は、既存のシステムに疑いの目を向けるホリエモン。そう考えてみると、ふたつの「対話」は、決して歩み寄ることがない者同士の試みでもあることが分かります。

それでも不満や疑問を言葉にしてどうにか伝えようと努力する。

「2人のローマ教皇」では、ベルゴリオ枢機卿の言葉がついにベネディクト16世に届きます。お互いに過去の痛みを告白し、罪を赦し合う。

告解は罪人を救うが、被害者は報われない。
罪は傷であって染みじゃない。
手当てが必要です。赦しでは治せません。

ベルゴリオ枢機卿が辞表を取り出すたびに知らんぷりするベネディクト16世を演じるのはアンソニー・ホプキンス。気さくに人々の輪に入っていくベルゴリオ枢機卿役はジョナサン・プライス。

じいさまふたりの会話に、こんなに夢中になるなんて思いませんでした。

ベルゴリオ枢機卿は若い頃、故郷のアルゼンチンで軍事クーデターを経験します。軍事政権の協力者として糾弾され、田舎の教会へと追いやられるのですが、そこで人々の話を聞き続ける。

「聞く」ことで彼は、仏教でいう「悟り」を得たようにも見えます。

誰もが発信者になれる時代は、誰もがジャッジされてしまう時代でもあります。だからこそ、ただ「聞く」ことが求められているのでは。「聞く」ことは、とても大事なスキルであることを感じさせてくれました。

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