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シンクロニシティ!光の人☆覚めの道!人生の正午と古神道④

霊能者も宗教も
解決できなかった問題を
解決してくれたのは
従妹の親友の専業主婦で
巫女で神託ヒーラーの
眞理さんでした。

彼女は今までは、
ヒーラーとして人の魂を癒し、
これからは、人の覚醒を
促していくという。

私は、税理士で、アニオタで、
視えも聴こえもしない
ムー民でもある。
※ムー民とは、雑誌ムーの購読

人は笑うが、福山雅治も
ムー民なのが自慢(笑)
ある事をきっかけに、
ムー民歴40年で、今年卒業。

税理士としてのクライアントは、
医療法人、宗教法人、NPO、
株式会社と多岐に及ぶ。

人生の正午と言う言葉を
御存知でしょうか?

心理学者のユングが、
人生を太陽の運行になぞらえて
日の出を誕生、日没を死とし、
人生を4つに区分。

少年期、成人前期、中年期、
老人期に分け、成人前期から
中年期の境を、
太陽が天空の真上とし、
それ境を、人生の正午と
名付けました。

ユングは、人生の正午を
「転換期」「人生の危機」
であると言い、
アメリカの心理学者レビンソンは、
「中年の危機」であると
指摘しました。

スピリチャルでは、
死は終わりではなく、
肉体は衰えて行っても、
魂は輝きを増し続け
肉体は滅んでも魂は
永遠に続くと考える。

無駄なものは何もなく、
魂に刻まれた学びは、
次の来世に持ち越せると考え、
今をこの瞬間を希望を持って生き、
安心安全の境地で
死んで行こうと考える。

日本の縄文から続く、
死生観も希望に満ち溢れている。

魂の「たま」とは何か?
と言えば、玉であり、球。

東の太平洋から昇る球。
すなわち、太陽は、
西の海に沈んでゆく。

海の水に清められた球
=太陽は、再び東の海から昇る。

穢れた魂は、生まれ変わり、
再生する。

前回、神社参拝とは、
上を具現化したものと書いた。
実は日本人の一日も
これに準じている。

朝起きて午前午後と活動し、
夜、風呂に入る。
日本式の浴槽は、
桶のように深い。

日本人は、毎日毎日
祓い清めの儀式をしている。
身体を丸くして湯に浸かる、
胎児のように。
そして、夜の世界に寝る。

朝生まれ変わり、
また新たな一日が始まる。

日本人は毎日毎日祓い清め、
生まれ変わりの
儀式をしている。

縄文時代の埋葬の仕方も、
身体を丸めて
甕棺墓に納める。

江戸時代までの棺桶も、
桶のように深く、
身を丸くして納め、
土の中に土葬。

太陽が西の海沈み、
水の中で清められ、
東から昇る。
西に沈んだ魂はツクヨミ。

神道では死は穢れであり、
遠ざける。
死んだ者は家に憑いて、
家を護ると考える。

死後の世界への発想はない。

神話の中の黄泉の世界は、
地の底にある
地獄の様な描写だ。

穢れた土地であるがゆえに、
黄泉の国を訪れた伊弉諾は、
帰った後に禊をして、
穢れを落としている。

「死んだらどうなるのだろう?」

その答えをくれたのは、
539年に日本に入って来た
仏教だ。
聖徳太子の時代に、
公認された。

死後の世界は、
浄土と地獄と考えたのだ。

死は穢れではなく、
亡くなると生前と言う。
あの世に生まれるので、
この世は生前。

戒名と言う新しい名を貰い
あの世に行く。

話をユングの人生の
午後の話に戻すと、
神道から仏教に
あの世を求めた先人に
倣えば答えは出てくる。

飛鳥時代には、
日本人は死の恐怖を
克服する。
術を手に入れたのだ。

日本人の大半は、
無宗教と言いますが、
実は日本人の大半は、
仏教徒なのである。
どこかの宗派に属している。

もし人生に絶望を感じた時、
人生に希望を失くした時、
死生観に限界を感じた時、
先祖が克服してきたように、
神道+仏教で考えては
いかがだろうか。

宗派には、本尊と宗祖が
いらっしゃる。
生き方、在り方を
教えてくれる。

特に、戦乱の時代の
鎌倉時代の新仏教の
台頭には学ぶべきこと、
生きるヒントに満ちている。

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