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【ss】『tie.lensstory』

賢い大人達は、遂に戦争を無くすことに成功した。

2100年、それは過去の腐敗物として”非現実”となっている。
世界総人口は戦争がなくても右肩下がりで、この世界は確実に終焉を目指していた。
世界が終わるまで、戦争は無くならないと思っていた。
わたしとしては、あれが過去の腐敗となっていることに、非常に不満があった。

「昔の人は、何で戦争なんてしたのか理解できないよ。」
「早く忘れて、未来のことを考えよう!」
「何にしろ、あんなひどいことはもう起きないわ。」

こんな周囲の声を聞くことに、不満があるんだ。
戦争がなくなったことがいいことみたいに。まるで、それが、もう終わってるように話すから…

……わたしはかつて、戦場カメラマンだった。


「お疲れ様です!」
「お疲れー今日もよかったよ。しっかり休んでね。」
「配信楽しみにしてるよ!」
「ありがとうございます。」

戦争のない世界で、戦場カメラマンなんているはずもなく、わたしは自分のレンズを少年少女の死体ではなく、キラキラとした、アーティストモデルに向ける羽目になった。
自分のレンズって言っても、今のカメラにレンズはない。360度の情報を”認知”し、データに置き換え、視聴させるのだ。

スタジオをぞろぞろと退散する、戦争を知らない奴ら。

「ナギさんも、いかがですか?」

不意に、声をかけられた。
わたしはパイプ椅子を少し引き、彼女と目を合わせる。
遠くから能無しディレクターが馬鹿でかい声を上げる。

「イヴさーん、いきましょ」
「はーい」

「ナギさん、私たちこれから、二丁目にできたっていうバーに…」
「わたしは、いいよ。行かない。」

イヴさんの誘いを、わたしは強く断った。
毎度のことながら、なぜこの子はわたしに話しかけてくるのだろう。
こんな、戦争がえりの、カメラしか取り柄のないわたしに。誰も寄ってきたがらないっていうのに。

「…そうですかぁ。ま、また撮影楽しみにしています。じゃぁ」

そうしてスタジオには誰もいなくなった。

私ひとりを照らすだけの照明は、何とも心地がいい。
まるで、戦場の廃墟で、お天道様の光を浴びてるみたいだった。
なぜか「ありがとう」と心の中で言っていた。

スタジオから出たとき、時刻は深夜だというのに、街はまだ人で賑わっていた。
22世紀に入り人間の活動時間は、陽の光を関係なしとしているのだ。

街のネオンが美しかったから、人が大勢いる中で、カメラを構えた。かしゃり。この音がやけに大きかったのか、大勢が振り返ってしまった。

不審者をみつけたかのような視線。
昨今、カメラは...それを構えることは、”異様”なことなのだ。
今にも通報されそうだ(犯罪ではないから、捕まったりはしないんだけど)。

面倒ごとにつながりそうだったので、わたしはカメラのレンズを下に向け、バス停に向かった。

「すごい!それ一眼レフですよね!?」

突然後ろから声に押された。
振り返ると、人混みを押し退け…イヴさんがこっちに向かってきていた。

「ナギさん、それ、一眼レフですよね?」

わたしは仕方なく、カメラをもう一度手に持った。それだけで、イヴさんは水を得た魚のように、イキイキと喋り出した。

「わたしはじめてです!これ、見るの!あの…昔おばあちゃんが、これで撮った写真…を、見せてくれたんです!それでわたし、ナギさんがこれ持ってるのし…」
「待ち伏せ?」
「あ。」
「待ち伏せしてたの?びっくりなんだけど。」
「…いや、みんなで飲んでるの、抜けてきました。」
「そう」
「…ナギさんがいたらいいなって思って。」

「そう」

私たちを前に後ろに人混みは押しやっていた。

「カメラ、持つ?」
「え!いいんですか?」
「うん。ほれ」

イヴさんはカメラのレンズを自分の方に向けて構えた。

「っふ」
「え?なんですか?」
「何か見える?」
「なにか見えるものなんですか?」
「ここ押すとカシャって、撮れるから。撮ってみ。」
___カシャ

「…なんかこれ、私が撮れてませんか?」

察しがいい。
何が不満なんだか、むすっとしているイヴさんを横に、バス停へ足をすすめた。

「私、カメラの音好きだな。」
「うん私も」

本当に表情の豊かな子だな。
メディアで取り上げられる時も、その点を評価されることが多いように感じる。

「ナギさん、いつも端末で私(モデル)を撮ったあとで確認しますよね。今日も。いいもの以外は、感覚網が勝手に捨ててくれるのに。」
「今日?あれは確認していたんじゃなくて、スクショしていたんだよ。チームには内緒にしておいてくれよ。」
「スクショ…」
「平面のデータにしていたんだ。劣化するけど、私はその方が好きでね。」
「ヘ…私、それしてる時のナギさんのお顔が好きです。」

バス停はまだか、何だかこのままだと色々話してしまいそうで怖い。
「…私はどんな表情もしていないよ」

「笑っていましたよ。ワクワクしてた?なんかそんな感じです。ああ、好きだなって思いました。」

その時の私はやけにイライラしていた。
何だか自分のスペースへ土足で入られたような、大事に大事にしまっていたものを、見もしないで貶されたような。

「下劣な質問になるんだけど」私は足を止めた。イヴさんも、私の少し前で足を止めて、振り返った。

「君は男に襲われたことはある?」

「…ありません」

「私はある、10年前戦場で、20の時。自国の兵士に犯された。乱暴に。」
「…それは」
「わからないだろう。私は今でも戦場が怖い、この世のどこにもないと、わかってなお。それに怯えているんだ。」
「…何が言いたいんですか?」

「私は、笑ってない。」

あの恐怖を、もう1人で抱えていたくない。

「君は、これの前で脱げる?」

そう尋ねながら、カメラを指差すと。彼女の顔は恐怖でいっぱいになった。

「雨だ、スタジオに戻ろうか。」


イヴさんは露出の多い服を好まないモデルだった。
確か事務所からNGが出ていた。

「こんなことしてるの、事務所にバレたら…」

必死に体を隠している彼女は、赤面で済んでいることに、安堵するべきだ。
この白く、すべすべな体を、岩のような男の手が這い回り、穴という穴から、何かを掻き出す行為は。涙が枯れても泣き止むことを許してくれない。

「君が言わなきゃいいんだよ。」

スタジオでそのままになっていたセットの上に、イヴを裸で寝かせた。
3つのライトが撮影の時さながら、彼女の表情を本当に余すことなく、私に届けている。

私はイヴの逃げ場を塞ぐように、足でまたぎ、カメラのレンズを彼女に向けた。

「カメラがナイフと言われていた時代を知っている?」

イヴは答えない。
そのまま一度、二度と私はシャッターを切る。

「カメラは真実を映し出すんだ。その先まで行って、真実を、保存する。」

イヴを見ているはずなのに、あの日の自分を見ているみたいだった。

床にへばりつく、粘液。汚いということだけがわかる。
一瞬でおわらない、屈辱。手の先には、カメラがあった。届かなかったけど。
自分が内側から別の何かに変わっていく感覚。
四肢は硬く、しかし犯している兵士にとっては十分柔らく、温かいのだろう。

体を隠していたイヴの腕は、ついに目を隠すために顔に向かった。
イヴの羞恥心に追い打ちをかけるように、私はシャッターをきる。

「目を閉じても、恐怖は消えないんだ。犯されている時、力以外の何かが、私を殺す。」
「え」と、イヴの口からこぼれたのは、自分の腕に涙が落ちてきたからだろう。
それは、私の涙だった。

「せめて目を開いて、私を初めて犯した男を覚えておきたかった。」

イヴはやっと目をあけて、私を見上げてくれた。
泣きじゃくる。今度は私が、目を開くことができなかった。
怖い思いをさせてごめん。と、心の中で何度もイヴに謝った。

「レンズって瞳なんですね。自分が写ってる…」

私からカメラをそっと受け取り、イヴは私を撮った。

「ナギさんのカメラは、ナイフっていうより、スプーンです。いつも思っていました、あなたの撮るものって全部、何かを許すためのものに見える。」

「あなたの恐怖が、私の感触で上書きできたらいいのに。」

イヴの二つの乳房に顔を埋めて、深く呼吸をさせてもらった。
最後に、イヴの首を絞めようと思った。
あの兵士が私にしたように。

「いいですよ。納得するまで殺してください。」

「ナイフの無くなったこの世界に、私たちは、部外者です。」

『tie.lensstory』Fin.


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