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【ss】『tie.umbrellastory』

魂はふたつある

ひとつは自分の中に。もうひとつは、外にある。


遠くからのサイレンの音が聞こえる。
アレってこんな早く来るんだ...さっきまで携帯をいじって凪と談笑していたのが嘘みたいに、そこらじゅう慌ただしい。

落ち着いて人生を振り返ると、誰かを傷つけてばかりの人生だった。
家族、先生、恋人...友人。
凪にだけは謝っておこう、親友にだけは。今隣にいるから。

その時、声が出ないことに気づき、自分の体を恐怖が履い回った。
体も動かなかった。

開いたり閉じたりを繰り返す視界で、凪が私に何か言っていた。


「初めまして。お母さんです。」

目の前にイタズラ顔で仁王立ちしている、女性が言った。
私の母は、私が産まれると同時に亡くなったはずだ。

「え!」
「あなた、死んじゃったみたいね」
「そんなに軽く?!」

母と名乗るその人は、娘に「あなたは死んだ」と言って、なおずっと笑顔なのだが、不思議と不気味さはなかった。
というか、彼女の風貌には懐かしい感覚がした。

「私が慌てたところで、あなたが生き返るわけじゃないわ。」

そりゃそうだけども...そうなのか?

「この空間も、ずっとある訳じゃないの」

ふと周りを見ると、白銀の世界だった。地平線...らしきものが見えるけど、それにはどこか違和感も着いていた。

母と名乗る女性は、その白く細い腕をスルスルと私の金の神に絡ませた。

「私ずっと髪が長いのに憧れてたから...あら、あなたお父さんに似て薄毛ね、この感じ、ヘアアイロン使ってる?」

その時点で、私は彼女が母だと確信していた。
髪や雰囲気だけでなく、なんだか、近くにいるだけなのに暖かい。自然界の本能として、母親がわかる感覚がした。

「髪は...長い方がいいかなって思って、もう3年くらい、伸ばしてる。アイロンも、使ってる。」
「あの人、お父さんはボブヘアが好きなの、1度浮気した相手もボブヘアだったわ」
「お父さん浮気したことあるの?」
「まぁ、話すと長くなるんだけどね。結構大恋愛だったのよ?私たち」

詳しく話す気は無いらしく、母は突然手遊びを始めた。
癖なのだろうか。そんな気がする。

「娘に聞くにはナンセンスかとも思うけど。元々母親になったことなんてなかったし。どうですか?死んだ感想は。」
「ほんとにナンセンスじゃん...」

「そうだなぁ...色々、思い出したくないよ。やり残したことばっかりで。学校の、委員会のこととか。部屋の本棚に隠してるノートとか...」
「あら、お父さんが最初に見ると思うけど、大丈夫な内容なの?」
「えぇ...いやぁ」

しかし笑うしかない。だってもう私には、そのノートを燃やす手がない。
そう言うと、母は大きな口を開き笑った。

「はははっ!私もやったわ!暗黒竜とか!」
「そういうんじゃないよ!!」
「そうなの?」

「そうだよ...ただの日記...好きな人とか書いてある」
「まぁ!もしかして、死ぬ時隣にいた子?」
「......うん。」

凪は私の親友で...ずっと片思いしてる相手。

「母さんも、やり残したこととかあるの?」
「ないわ。」

思いもよらず本題に入ってしまったようで、母のスイッチが入ったような気がした。
私は母の後に続く形で、右とも左とも分からない空間を歩き始めた。

「...やっぱ、生きてたかった?」

私に背中を向けて歩く母の顔は見えないが、なぜだか微笑んでいるのだけはわかった。

「まさか、私が死ぬだけであなたを産めるのなら、いくら死んでもいいわ。」

突然、自分の影からアスファルトが現れた。
現実世界の音が、少しだけ聞こえてきて、親友が私を呼ぶ声がした。

「本当に、あなたを産んでよかったと思ってるのよ。知ってるのよ。最期、悪漢から親友を守ったでしょ」

母の真意が分からなくて、無意識に「ごめん」が口から出た。

「せっかく母さんから貰った命を...」

その時、抱きつく勢いで母は私の手を握った。
私はハッと前を向くと、すごく、すっごく強い光に包まれた。
逆光のせいで母の顔が見えないが、笑ってるような気がした。

「誤解してるみたい。私はあなたのために死んだんじゃないのよ?自分の最大幸福のために、死んだの。」

見えない。母さんの顔が、逆光で見えない。
あれ?どんな顔だったっけ...思い出せない。

「あなたを産んでよかった!こうして元気に、大切な人の為に死ぬことの出来る人間になってくれた!」

母の顔を思いだすことは諦め、そこに感じる手を、優しく握り返した。

「ふふっ、母さんってちょっとへん」
「お父さんにも言われたわ」
「...お父さん、1人になっちゃったね」
「人はそんな簡単に1人になったりしないから、大丈夫よ。」

「...ちょっと泣いてるかもしれないけど。大丈夫。ほら、それ返して?」

いつの間にか、私の左手には傘があった。
白色で、フリルの着いた傘。

「傘...初めて見るけど、母さんの?」
「私の、宝物。」

母は受け取ると、勢いよくそれを開いた。

「傘が?」
「お父さんからの、初めてのプレゼントと。私のいっちばん大切なもの」
「...なるほど」

「ひとつ大切なものがあればいいの。魂なんて、その次でいいの。」

それを最後に、私は現実世界に戻ってきた。
体が鉛のように重い。


救急車に運ばれる衝撃で、大きく息を吸った。

「イヴ!!目が覚めた!目が覚めました!!!」

付き添ってくれている親友には申し訳ないが、少し期待させてしまう。

「凪...愛してる」

ピーーーという音を聞くことなく、私は事切れた。

「イヴ...ずるいよ」

親友の最後の言葉は、聞くことが出来なかった。
でも、わたしは遺した。
母のように。
その世界で、私の魂よりも大切なものは、ちゃんとまだある。

『tie.umbrellastory』Fin

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