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創ることにただただ夢中だった10代と、そこから心を引き剥がされた20代。

10代の自分は、それはそれはエネルギッシュだったと思う。

中学では美術部に入り、周りがデッサンを描いている横で、抽象画のようなイラストを黙々と描いていた。

その後も、大学では友人が作る音楽にイラストをつけてみたり、自分で雑誌を作ってはイベントで販売したりもした。

そう、ただただ「創る」という行為に夢中だったのである。
自分が創り出すものが息づいているように感じて、無心でイラストを描いていた。

しかし、20代になってから、SNSを中心として、自分の作品への「反応」に気を取られるようになってしまった。

正直に言うと、自分の作品を愛していたからだろうが、自分の作品が思うように伸びないことに落胆していったのだ。

描いても描いても評価されない現実を知ってしまってからは、「創る」という行為自体が苦しいものになってしまった。

それからは、心が引き剥がされたようになり、惰性でイラストを描くことも増えた。

一時期、投稿をやめていたこともある。

それくらい、SNSの影響、特に承認欲求というものは負の力を持っている。

もちろん、逆に評価されていたら、ウキウキした気分で描いていたのかもしれない。
ただし、そのような正の力を享受できるのはごく僅かだ。

僕は他者の目を気にすることなく、ただひたすらに、無心に絵を描いていた中学時代の快感と没入感が忘れられない。

そもそも、本当の「創作」はそのような無心で無邪気で没入した中から生まれるのではないかと思う。

だったらSNSを辞めれば良いじゃないか、と自分で思いながら、それでも僅かな期待を込めて投稿を続けてしまう。

そこに昔のような楽しさはないのだけれど。

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自分の生み出したもので生きていきたい。幼い頃からそう想って今も生きています。これからも創ることが喜びでいられるように、いただいたお金を使おうと思います。