春の風

 昼に起きてベランダに半身になると、風が顔を包んだ。今日は春の暖かい日だ。壁に指を掛けたまま体を傾けて、ふと鉢の雪柳に鼻を近づけると、花の甘い微香がよくわかる。鉢の河津桜は散り際だ。
 プラットホームで待っていると、電車の送る風も春の柔らかさだ。改札で待ち合わせて、片側風がとまる。路地は暖かさが滞留して、ポテトの匂いが混じったあたりで遅い昼食にした。
 ビル風も顔に優しかった。こんなに優しい日に、どんな言葉ならはっきり伝わるのか、口腔の血豆に舌で触れながらぼんやり考えていたが、ふと真っ青な街路掲示板を目にすると、突然涙に変わった。駅に戻る前にその人と別れた。外灯のポールから、鳩が力強い羽撃きで西へ飛んでいった。血の味がした。

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