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(一次小説 ・ ダークファンタジー )奈落の王 その十八話 初陣

殲滅した、はずだった。

妖魔、ゴブリンどもが煙玉を使う。

──逃げる気だ!

ロランは直感的にそう思う。
だが、何かが引っかかる。
しかしロランは迷いを振り払って叫ぶ。
砦は近いはずだ。
援軍の頼む手もあろうが、辺境伯の兵、ハンスはともかくロランは地理に不案内である。

「逃がすな! 殲滅しろ!」

と、ロランは叫んだ。
銀仮面は鼻から上を覆っているだけ。
発音に困ることはなく、その声は遠くまで届く。
透き通るような声だった。

「言われなくても!」
「そうだぜ!」

と、それを聞いた冒険者たちは煙幕の中に盾を前にして突っ込んでいく。
相手はゴブリン。
しかも格下の。

と、読んでの行動だろう。

「煙幕だと? 知恵のある敵が混じっているのか?」

と、ロランが思うよりも早く、風切音がした。

幾筋も打ち込まれる矢の雨である。
馬車を囲んでいた連中とは違う。

「ぐわっ!」
「ぐえ!?」
「きゃ!」

冒険者たちの叫びだ。
一瞬の油断。

──ゴブリンの知能は低い。
──ゴブリンの武装は貧弱
──ゴブリンの力は弱い、当然腕力も。

この先入観の全てが仇となる。

「ぐあ、畜生、傷が変に沁みやがる!」
「なんだか痺れてきたわ!?」
「まさかの毒かよ!?」

 そんな、数分前の余裕は消え去って、今は混乱のただ中にある冒険者たちの声。

「ぼっちゃ……いえ、銀仮面卿! 砦においらが一っ走り行ってきましょうか!?」

 とは、ハンスの声だ。
 ロランは少し考えるも秒で却下する。

「だめだ! ずるがしこい個体がいる。みな馬車に戻れ! 煙が晴れるのを待つんだ!」
「しかし、逃がしちまうぞ!?」
「仕方がないだろう、悔しいが相手が一枚上だ」

 そう。
 包囲攻撃、そして煙幕、撤退に見せかけた増援の準備の二段構え。

 殲滅は無理。
 
 ──それどころか、これ以上自分たちが間抜けをさらせば、逆にこちらが全滅しかねない。

 ずいぶんと賢いゴブリンもいたものである。

ロランは焦る。
そう。

──後続がいたのだ!

完全に読み違えだ。

サマンサの座学では「弱いものの代表」のように教わったこの妖魔だが、中には強い個体もいる、と言っていたことも聞いたような気がする。
だが、それはめったにあり得ないこととも。

ライル老も言った。
敵の動きを大きな視点で見ていれば、この世に予測できないことはない。
知らぬ敵でも、攻撃ポイントさえ予測できれば、容易にかわせるものだ、とも。

しかし今、その「めったにあり得なこと」が起こっている。

ならば、することは一つ。
冷静を保てている自分が、敵のリーダーを討つことだ。
この乱戦に乗じ、素早く。火急的速やかに。

と、ロランはショートソードを二振り抜いていた。
刃は黒。
暗い森に差す、昼のお日様の光を鈍くとらえても、きらめきには程遠い。

ロランは御者台からスルリと降りる。

「お兄ちゃ……銀仮面卿?」

と、ロランはアリアの声を背中に受けながら。

「待ってろ、俺がボスをしとめる。冒険者たちに煙から飛び出てくる敵の位置をその御者台の高みから教えてやってくれ」
「う……うん、やってみる」

 と、弱弱しい返事。

「できるかな……」

 と続く。

が、ロランはその声も背中に受けながら、煙を大回りで避けて、節くれだった木々の根を器用にかわしつつ、身軽に飛んで跳ねて、ひときわ体格の良い一匹の妖魔を見る。
鳥の羽の冠、そして頬には赤と黄色の戦化粧。
明らかに同族とは異なる立派な体格、そして人間大の大きな頭。
そしての黄色い目には明らかな光。
知恵持つ者の独特の輝きがそこにある。

そいつは寂びたロングソードを持っている。
足元には毒矢を受けて呻く冒険者が一人。
そしてその上に跨るように、征服者の愉悦を浮かべた知恵ある者。
その妖魔は今まさに止めを刺さんと、倒れた冒険者の男の胸に剣を突き立て──。

ギン!

と、鐘の音が鳴る。
錆びた金属塊と、黒刃のショートソードが打ち合わされた音である。

「おれ、つよい。おまえたち、よわい。にげるなら、いま。おれ、いまきぶんがいい、おまえ、にげるならいま」

 妖魔は薄く笑いながら、絶対の自信をもって、たどたどしい共通語で語りかけてきた。
 そいつは明らかにロランのいる方角を向く。
 その言葉は、間違いなくロランに向けられたものなのだ!

「逃げるだと? 冗談!」

 と、ロランが受けた瞬間。

 ──ぐさ!

 と、妖魔の王の錆びた刃が足もので苦しんでいた冒険者の胸に突き刺さる。

「と、いうでも、おもったか、ひゅむ!」

 そいつはほざく。
 ロランの怒りは、瞬間沸騰した。
 彼は地面を蹴る。
 妖魔は剣を冒険者から抜く。
 ロランは妖魔が何も得物を持っていない方に突進。妖魔もそちらを剥こうとする。

 が。
 ロランはさらに跳んで近くの木の幹を蹴り。

「な!?」

 ロランは妖魔の驚愕の叫びを聞く。
 一瞬妖魔の動きが止まる、そしてロランはその隙を見逃さない!
 彼はえぐる様な回転を付けて、妖魔の首領の首筋へ黒い刃を突きつける。

「ばか……ぐはあ!?」
「もらったぜ、俺の勝ちだあ、ゴブリン!」

 見事に刺さるロランのショートソード。

「ぐぼばっ!?」

 そして、ショートソードが走った首からとめどなく溢れる鮮血。

 ロランの剣は首領の頸動脈を絶ち切っていた。
 よくよく見れば、皺の少ないゴブリンの顔。
 そして贅肉のついていない体つき。

「ゴブリンの上位種……。こいつ、まだ若かったのか」

 経験を積んで強くなるのはヒュムもゴブリンも同じである。
 この個体はたまたま経験が足りなかったのだとロランは思い知る。

「ふん、俺も若いんだ。若い者同士、正々堂々と勝負。その結果だぜ、ゴブリンさんよ」

 と、ロランは吐き捨てた。

 やがて煙も晴れる。
 頭が倒され散りじりに逃げたゴブリンの一党。

 そして、地面に這い、傷つき呻く冒険者の一団。
 そんな中、救護に回るアリアと、槍でゴブリンに止めを刺して回るハンス。

 そう。
 戦い、銀仮面卿の初陣は散々に終わった。

 こんなことではいけない。
 個人の武勇はもちろんだが、今のロランはハルフレッドの影。
 すなわち指揮官だ。
 この戦い、指揮官としてみるとどうか。

 ──言うまでもない。散々である。

「俺は、優れた指揮官に……まだ、まだまだだ!」

 ロランは虚空に吠える。

 せめて砦への補給物資が無事なのが幸いであったと言えようか。
 そして、ロランはもう一本のショートソードを拾いつつ、背中に冷たい汗が流れるのを感じるのだった。

 と、背中から肩にハンスの手。

「あんた、銀仮面卿? 指揮官としてはダメダメだが、戦士としてはなかなかやるじゃないの」
「味方に被害が出た」
「ああ、初陣だろ? そんなものだろ」

と、笑顔でハンス。目も笑っている。

「俺は、よくできた方なのか?」
「ああ、最近の兵隊のうちじゃ、一番だぜ。あとは、実戦を重ねるこった」

 と、ハンスはロランの肩をポンポンと軽く二度叩くと、戦場の処理に戻っていった。



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