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【第2部29章】至高の騎士、最強の刃 (12/16)【未来】

【目次】

【死舞】

「……ぬぅ!?」

 長尺の刀でフロルの脳天から串刺しにしようとして、殺意に血走った瞳の視線を落としたトリュウザは、魔銀<ミスリル>の大盾の内側に、あり得ないものを見る。

 盾の握りをつかむ手が、ふたつある。利き手に剣を構えている以上、両方とも少年のものではあり得ない。

 そもそも、余分な側の手には、手首より根本がない。切断面は、鈍色の金属光沢。蒼碧の輝きを放つガントレットをはめている。防具越しに、その流麗な形状が女性のものだと気づく。

「よもや……ッ!!」

 初老の剣士は、反射的に頭上をあおぐ。輻射熱にあおられ、ぶすぶすと双翼が焦げはじめている戦乙女の姫騎士が、決闘場となっている鉛色の巨蛭の背を見据えている。

「いまさらかもしれないが、少年! 自分も、死力を尽くさせてもらう……貴殿の背に、至高の騎士の片鱗を見たからだッ!!」

 ヴァルキュリアの王女──アンナリーヤが、あらんかぎりの声を張りあげて叫ぶ。トリュウザは視線を落とし、フロルの頭部を刺突で貫こうと、刀を引き絞る。

「花は桜木、人は武士。この期におよんで、さらなる小細工とは……はなはだ、度し難き侮辱にて御座候!!」

「悲憤慷慨だ。おまえのやっていることこそ、民と国土を侮辱する蛮行にほかならないからだ……いまこそ拒め! 『神盾拒絶<イージス・リジェクト>』ッ!!」

 引き締められた弦から放たれた矢のごとく、長尺の刀の切っ先が撃ち出される。初老の剣士の刺突が、少年の頭を貫通するよりも先に、魔銀<ミスリル>の大盾の表面から防御フィールドが展開される。

「──ぬぅおッ!?」

 フロルと対峙して初めて、トリュウザが狼狽した声をもらす。アンナリーヤの発動した転移律<シフターズ・エフェクト>によって、上背のある躯体が大きく弾き飛ばされる。少年との間合いが切れ、みるみる距離が離れていく。

「某の……不覚にて御座候ッ!」

 初老の剣士が、悔しげにうめく。何度、トリュウザが斬りつけても断てない、戦乙女の目障りな盾。なんらかの転移律<シフターズ・エフェクト>を秘めていることは、予測していた。

 しかし、龍剣解放のように武器を介した転移律<シフターズ・エフェクト>は、使い手が得物を持っていないかぎり、発動することはできない。トリュウザは、そう思いこんだ。ゆえに、少年に手渡した時点で異能の行使はない、と虚を突かれた。

 無論、序列1位の征騎士の見立てが、間違っていたわけではない。あの雀娘は、確かに己の手で盾を握っていた。フロルの『龍剣』の転移律<シフターズ・エフェクト>で、手首を分割し、自分の身体から切り離すことで──

「──だいじょうぶか、少年! あのような猛攻を受け止め、さばき続けるなど……並大抵のことではないからだ!!」

 急降下と急旋回でフロルの背後にまわったアンナリーヤは、気遣う言葉をかける。青ざめた顔で薄く笑う少年には、とっさの返事を口にする余力すらない。

「切り離していた手を、つなぎ直してくれ……ここから先は、自分があの男との戦いを引き継ぐからだッ!」

 ヴァルキュリアの王女の視線は、見る間に飛び離れていくトリュウザの影に向けられている。体勢を崩し、地に足をついていない、この瞬間こそ絶好の機会に違いない。

 フロルは、アンナリーヤに対して小さくうなずくと、苦しげに口を開く。

「手首は、もちろん……というか、もう戻した。でも……僕も、一緒に行くよ。最後まで……戦うッ!」

「心得た、気高き少年よ……だが、死ぬなよ! 貴殿は、未来の至高の騎士となるのだからッ!!」

 戦乙女の姫騎士は、フロルの身体を抱えつつ、初老の剣士を追うように滑空を開始する。少年も、少しでも助けになるよう、足場を強く蹴って加速に協力する。

 防御フィールドを展開したまま、フロルとアンナリーヤは前方へ飛翔する。一度は離れたトリュウザの身体が、見る間に近づいてくる。

 初老の剣士は、まだ、着地してはいない。滞空しているうちは、隙が大きい。にも関わらず、全身の筋肉のバネのみで、すでに迎撃の体勢を整えつつある。ふたりは追いすがりながら、息を呑む。

「ぬうん──ッ!」

 空中のトリュウザが、神速の刺突を放つ。戦車の正面装甲すら、やすやすと貫通するであろう一撃は、しかし、アンナリーヤの『神盾拒絶<イージス・リジェクト>』の特性……「あらゆる衝撃を遮断し、はじき返す」力によって、完全にシャットアウトされる。

「──ぐオッ!?」

 刺突の反動で、さらに大きく吹き飛ばされる初老の剣士の肉体を、少年と戦乙女は追随する。防御フィールドが光り輝く壁となって、トリュウザの活路をふさぐ。やがて、ふたりの身体が、熱せられた上昇乱気流にあおられる。

 鉛色の巨蛭の背を、焦熱地獄のうえに唯一存在する足場のうえを、越えた。もはや、トリュウザが足を着ける余地は、残されていない。

 わずかな復帰の可能性すら潰すよう『神盾拒絶<イージス・リジェクト>』を展開しつつ、赤く焼ける大地へと落下していく初老の剣士の身体を、ふたりは追いかけていった。

【屍山】

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