人生で初めて逮捕された④

小説ですと言いたいところですが、ブログです。まぎれもない事実であり、
自分の中でこのことを絶対に風化させないために、向き合うために文字に起こし記録し、公開しようと思いました。ただ、この一件は被害者様は勿論、関係者様が数多くおられますので、一部詳細な記述は避けています。

現在禁酒26日目

検事調べを終えて房に戻ってきた。
『お、凶悪犯罪者のお帰りだ!』
大麻所持で捕まった男が僕を茶化すと房の面々は爆笑の渦に包まれた。
必死で笑顔を作った。
皮肉なことに、就職活動で学んだ空気を読むという習慣はこんな時にも作用した。
検事にどんなことを聞かれたか、犯罪を犯す前は何をしていたか、
房の面々は僕に五月雨式に質問を投げかけた。
人と話すと心が落ち着く、検事調べの前は塞ぎこんでいたが、
いざ彼らの興味が自分に向けられると落ち込む暇もなく回答を求められた。
彼らは僕が泥酔した結果起こした異常行動を聞いて大笑いした。
オレオレ詐欺で捕まった男がツッコミを入れるとプッシャ―の男が
『俺なら、、、』とかぶせボケをする。
窃盗で捕まった金髪の男は『落ち込んだって犯した罪は帳消しにならない。
罪悪感で被害者さんは救われない。なら開き直った方がいい。』と諭されたた。今思い返すと彼の意見には賛同しかねるが、人生の半分を刑務所で過ごした彼なりの哲学なのだろう。当時の僕は妙な納得感を覚えた。
プッシャ―の男がその発言を調子よく囃し立てた。
看守の目線では、金属製の檻越しに大画面でバラエティー番組が放送されていたと思う。
冷静に考えてこれから人生が終わるかもしれないというのに、
現実から目を背けたいという心理と男6人の他愛ないじゃれ合いが
罪悪感の痛みをモルヒネのように緩和した。
余裕が生まれて僕はその日初めて自分から彼らに質問をした。
客観的に見て今後自分はどうなるのか、自分にはどのような罰則が与えられるのかを聞いた。
彼らは嬉々として答えた。吊り橋効果というやつだろうか、5人はまぎれもなく犯罪者であるにも関わらず、当時の僕には全員が善人に見えた。
彼らは拘留期間は最大でも20日以下であること、その間本当に暇なので看守から小説を借りること、20日以内に示談が成立すれば釈放されること、示談金は500万以下であること、逆に示談が成立しなければ起訴され2か月間拘置所で過ごし、裁判を受けること。初犯なので執行猶予が付き、実刑はまず付かないという説明を受けた。
彼らの説明は実体験ということもあってか、気を付けるべきポイントまで付加されていてとても分かりやすかった。
外部との連絡経路は基本的に弁護士の先生以外にない、面会の時間は15分。この限られた時間内で得られる情報は必要最低限のものしかない。拘留期間中のルールは最低限の説明しかされない。
拘留期間中、彼らのような常連客から得た先人の知恵は本当に役に立った。
”情報収集のためには横のつながりが大切”という入社してから学んだことが留置所でも活きるのかと不謹慎ながら感心してしまった。
コミカルでテンポの良い彼らの説明は罪の意識まで薄れさせようとしていた。
ぐっとこらえた。自分の中で”俺とお前らは違う”と一線を引いた。僕の人生史上唯一の正しい差別だったと思う。
ただ、彼らの説明を受けて安堵した自分もいた。このまま刑務所で過ごすことはない、想定していた最悪のケースを否定されたからだ。ただそうなると余計に今後のことが心配になった。すべてを諦めていたが、中途半端に甘い希望を見せられると結婚やキャリアのことを考えられるようになってしまった。

僕には付き合ってから4年目になる彼女がいる。
事件が起こる前、1か月後彼女のご両親に挨拶に行く予定だった。
事件が起こった日から2日返信が無い。きっと心配している。
もし示談が20日以内に成立すれば物理的には挨拶に行ける。
彼女は僕が犯した罪を聞いてなんて思うだろう。
別れを告げられるだろうか、嫌だ。別れたくない。
正直に告白する。
犯罪者の身分で、それも事件を犯してから2日しか経っていないにも拘わらず都合のいい妄想をしていた。
数日後、出所して彼女の両親に挨拶に行く。当然のように仕事は復帰できて、事件などなかったかのように振る舞う。結婚して幸せな新婚生活を送る。
『71番!』自分の番号が呼ばれた。簡易裁判所へ行くのだろう。
手錠をはめられたとたん甘い幻想は消え去り、罪悪感をかすかに忘れていた自分に気が付いた。自分に殺意を覚えた。

検察庁に併設されている簡易裁判所にて、事務手続きを済ませると、バスで警察署に戻った。
食事と書類があった。拘留期間を10日延長する書類だった。
看守からは10日延長が決まったからといって起訴が決まった訳ではない。
君は人を殺していない。物は金を払えば治る、君は若いからやり直せる。
そういった励ましをもらった。
感謝はできなかった。
誘惑をしないでくれ、罪悪感から、罪から目を背けさせないでくれ。
少しでも気を抜けば自分はあの房の面々と同じになってしまう。
拘留中、励ましの言葉をかけてくる人は皆ドラッグの売人に見えた。
なるべく彼女のことは考えないことにした。
明日は本を借りよう。どんな本があるんだろう。
そう考えて眠った。


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