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【小説】モノクローム・ロマンス #眠れない夜に

「知ってる?カラーテレビの普及前は、15%のヒトしか、色付きの夢を見ていなかったらしいよ。」

わたしの耳元で、そう囁く彼。別に、わざわざ隠すように話さなくても、ここにはふたりしかいないのに。それに、愛の言葉でもあるまい。面白い雑学だけど、ロマンチックなシチュエーションをつけるような話じゃない。

「そうなんだ。わたしの家、ちゃんとカラーテレビのはずなんだけど。」

そう返したのは、わたしが今いる部屋の内装も、目の前にいる彼も、すべてがモノクロにうつっているから。

「ところで、あなたは誰なの?」



モノクローム・ロマンス



彼にたずねたところで、目が覚めた。昨日アラームを設定した自分自身を、理不尽に呪う。とはいえ、この時間に起きないと困るのもわたしなんだけど。

わたしは、色のない夢をよく見る。そしてそのときは、決まって同じ男の子が出てくるのだ。男の子、とは言っても、幼い子供という意味ではなく、明らかにわたしより年下で、可愛らしいタイプという意味だ。

彼に名前をたずねたのは、今日が初めてではない。その記憶を保持して次の夢を見ることもあれば、さも初対面かのように認識している日もあるからだ。今日は、後者。目が覚めたときには「またあの子に会った。」と思うのだけど、夢の中では顔見知りという認識がなかった。夢の中でしか会ったことがないのに、顔見知りという表現もおかしなものだけど。

それに、「またあの子に会った。」と思い返すことはあっても、その顔はまったくもって覚えていない。夢の中ではしっかりと見ているような、夢の中ですらその顔のつくりはハッキリしないような。それくらい、曖昧な存在。だから、現実で見知った相手でもない。

一度、彼に言われたことがある。

「もしも現実で出会えたら、キミは絶対に気付いてくれるよ。」

本当にそんな、運命の相手がどこかにいるのだろうか。
おとぎ話みたいな話だけど、年甲斐もなく、どこか信じてしまっているわたしがいた。

だって、現実は退屈。朝起きて、仕事へ行って、疲れ果てて帰って来て。毎日の楽しみと言えば、晩酌とパズルゲームくらい。日本酒を飲みながら、ゲーム内の"体力"を消費しきるまで遊んだら、眠りにつく。たまの休みも、家にこもっていることがほとんど。

恋愛に興味がないわけではない。退屈な日々に、ほんの少しでも彩りを与えてくれるような誰かに、出会いたいと願っている。だから、夢の彼が本当に存在したらと考えるのは、至極当然のことだ。


「ねぇ、あなたにはどこで会えるの?」

その日の夜も、彼は夢に出てきた。2日連続で彼の夢を見ること自体は、珍しいことではない。けど、前日の記憶を持ったまま見るというのは、かなり珍しい。よほど思いが強かったのだろうか。夢なんて、見る人間の願望の表れだというし。

「さあ?どこだろ。」
「まあ、わかんないよね…。だって、存在してるのかどうかもわかんないんだから。」
「俺は、ちゃんと存在してるよ。それだけは言える。」

目元はぼやけていて見えないのに、真剣な表情をしているとわかった。真っ直ぐに、わたしを見つめている気がする。でも、彼の真剣な様子も、言葉さえも、どうせわたしの願望に過ぎないのだろう。

「いつか、ちゃんとわかる日がくるから。それまで待ってて。」

付き合ってはいけないタイプの男…いわゆるクズ男みたいな発言をするもんだから、思わず吹き出す。

「は?笑う要素なかっただろ!」

本気で怒ってるわけじゃないけど、普段の柔らかい言葉遣いとは違って、少し荒っぽい口調が新鮮で、また笑いそうになったけど、ぐっと堪える。

「あのさ、もうひとつ聞きたいんだけど。」
「なに?答えられることなら、答えるよ。」
「ここって、どうしていつもモノクロなの?」

彼が答えようとする前に、「前にも聞いたことあったらごめん。」と付け足す。気にしないよ、と笑って、彼は答えを言う。

「現実で出会えたら、色がつくよ。」
「…そっか。」
「これじゃ、答えになんないよね。ごめんね。」

すっかり普段通りの優しい話し方に戻って、わたしの髪を撫でる。そういうことをするあたりも、女慣れしてそうでクズっぽい。でも、髪を撫でるその手が、嫌いじゃなかった。


それから数日間、彼の夢は見なかった。というより、そもそも夢自体見ることが少なくなった。急に仕事が忙しくなり、夢を見る暇も気力もないほどに、疲れていたのだ。

そんな折。

「あ、先輩。彼昨日から来てくれてる派遣のかたなんですけど、紹介しても良いですか?」

やっと丸一日ゆっくりと休める日ができて、その翌日出社するや否や、後輩の女の子に声をかけられた。
彼女が紹介したいという派遣の男性を見た瞬間、激しく既視感を覚えた。夢に出てくるあの子なんじゃないかと、瞬時に思った。けど、夢の彼の顔は未だハッキリしていない。それでも、あの子なんじゃないかと思わせる何かがあった。一生懸命に、その”何か”を探す。

「あの…俺の顔に、なんかついてます…?」

そう発した口元に目線を移し、気付く。口元のホクロ。それが、わたしの中で夢の彼と目の前の彼を結びつける、大きなカギだった。

「どこかで会ったことあります…?」

気付くと、そう口走っていた。はっ、としたときには、もう遅い。

「え、なに?ナンパっすか?」

意地悪くクツクツと笑いながら、言う彼。初対面の男に、しかも仕事関係で出会った男にそんな言い方をされれば、少なからず嫌な感じがしそうなものだが、そう感じなかったのは、やっぱり彼だからだろうか。

「ごめんなさい、急に変なこと言っちゃって。知り合いに、似てる気がして。」

嘘はついていないけど、知り合いという表現はいささか適切でない。それに、似てると思い込みたいだけかも知れない。もっと、何か確証が欲しかった。

彼が今日請け負ってくれる仕事の内容なんかを聞きながら、わたしは夢の中の彼と他に結び付けられる部分はないか、必死に探した。夢の彼の外見なんて、いくらでもわたしの頭の中で、改ざんできてしまう。だから今度は、夢の彼とこれまでに交わした会話の内容を、思い返す。そしてひとつ、ごくわずかな人間にしか当てはまらなさそうな事柄を、思い出した。

「ねえ、じゃがバターって好き…?」

とてつもなく、変な質問だ。「好きな食べ物は?」ならまだしも、特定の食べ物を。それも、カレーライスとかオムライスとか、メジャーどころじゃなくて、よりにもよってじゃがバターなんて。でも、好きな食べ物を聞いて返って来た答えを、記憶の中のモノとすり替えるのも嫌でしょ。

「ナンパの次は、ストーカー?なんでわかったんすか?」

彼の言葉には別にトゲを含んだものはなくて、ただジョークのつもりの言葉選びだ。それに、これはわたしの都合の良い解釈かも知れないけれど、「なんでわかったんすか?」という部分には、どこか歓喜すら感じられた。

「えっと…わたしも、じゃがバター好きだから、最初に聞くようにしてるの。」

半分はウソで、半分はホント。誰にでもじゃがバターが好きかどうかなんて、聞いているわけはない。けど、わたしもじゃがバターが好きだ。昔、屋台で初めてじゃがバターなるものを食べたときに、雷に身体を打たれたかのような衝撃を受けた。こんなに美味しい食べ物があるのかと、じゃがバターに対して思ったのだ。それからはじゃがバターが、わたしの大好物。

そんな話を、以前夢の彼にした。すると、彼もじゃがバターが好きだと言った。理由は、雪国の生まれで、じゃがいもがとても美味しいから、と。そもそもじゃがいもが好きだけど、とくにじゃがバターが好きなんだ、と、教えてくれたのだ。

でもそんなのだって、わたしの作り出した願望かも知れないのに。そんなところまで彼といっしょなんじゃ、同一人物だと思ったって、仕方ないじゃない。

現実の彼とは、その後も会話が弾んだ。こんなにも仕事が楽しいと思えたのは、いつ振りだろうか。…と言っても、別に仕事自体が楽しいわけじゃないけれど。

帰り際、週末に食事に行く予定まで立てた。誘ってくれたのは、彼のほう。嬉しい反面、どこか複雑な気持ちもした。


「やっと会えた。」

その日の夜、彼が夢に現れた。今までと違って、顔のひとつひとつのパーツがはっきりと捉えられて、少し変な感じがする。でも、わたしはそれ以外のことに衝撃を受けた。

「色が…ついてる…。」

今まで何度彼の夢を見ても、モノクロだったのに。今日の夢は、カラーなのだ。

「言ったでしょ?本当に存在するって。それに、現実で出会えたら色がつくとも言ったよ。」

顔をしっかりと認識したからわかったことだけど、わたしが思っていたよりも、彼はオトコの顔をしていた。もっと可愛らしいイメージをしていたけれど、しっかりと、オトコだ。…いや、今の彼の真剣な表情が、大人びて見せているのかも知れないけれど。

「キミはさ、色のない現実を…つまり、退屈な日々を過ごしていたんだよ。それを夢に反映させていたから、今まではモノクロだったってわけ。」

なるほど、彼の説明には、納得がいく。

「でも現実で俺に出会えたから、色がついた。この意味、わかる?」

頬に触れ、顔を覗き込まれる。いつになく真剣なまなざしに、胸の鼓動が激しくなる。

「ねえ、俺に恋して?」

なにを今更。そう言ってやりたいくらいに、わたしはもうずっと前から、目の前の彼のことを考えていた。でも、だからこそ、複雑なのだ。

「あなたと現実の彼は、同じだけど、同じじゃないでしょ?」

自分で言っていても、なんとも気持ちの悪い言い回しだと思った。けど、他に表現が見つからなかった。でも彼は、そんな言葉の意図を上手く汲み取ってくれたようで、「そうかも知れないね。」と笑った。

「でも、大丈夫だよ。同じじゃないけど、同じだから。」

わたしの妙な言い回しを借りてそう言うものだから、言い返そうにも言い返せない。

「もう、ここでは会えないんでしょ?」
「さすが。鋭いね。」

それも、わたしが複雑な心境に陥っていた原因のひとつ。なのに彼は、まったく気にしてないみたいなふうに言うから、また何も言えなくなる。

「そんな寂しそうな顔しないで。」

そう言って、さらに近付く距離。唇が、触れ合いそうな距離。わたしは、目を閉じた。すると彼の唇が触れたのは、左の頬だった。

「唇は、あいつにとっておくよ。じゃあね。」

そう言って、彼は消えた。瞬間、目が覚めた。わたしは、泣いていた。

ずっとモノクロだった夢に、色がついた。そして、現実にも。彼がわたしに見せてくれた色。こんなにも生活が鮮やかに彩られるなんて、思いもしなかった。

さあ、今度は現実の彼と、恋をしよう。これからさらに、現実に色がつくように。




【終】


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