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短距離想。【3作目】「短編」

部屋にいる間、頭に浮かぶのは
キミのことばかりだった。

アルバイトも無くなって、
解放感と共に絶望感がやってくる。
このままじゃダメだと焦る気持ちと裏腹に、
公園の冷えたベンチに腰を降ろした。
マスク越しの息に水分を感じる。
手袋をしているのに手が悴む。
勝手に上下の歯が当たる。
強い風に乗った濡れた白が
顔を目掛けて飛び込んでくる。
息抜きに散歩する時期は終わったんだ
と改めて実感した。
近年が暖冬だったせいで忘れてたけど、
これが本来の寒さか。
いや、多分それだけじゃない。


キミとは高校で出会った。
物静かで目立たないけど
何故か目を惹く人だった。
遠くから見ていただけだったのが
少しずつ話すようになって、
次第にLINEもするようになって、
2人で会うことも増えていった。
同じ時間を重ねていって、いつしか
かけがえのない人になっていた。
この人と一緒になるんだって
本気で思った。
でも、
キミへの気持ちが強くなるほど、
罪悪感も強くなっていった。

だから、メッセージを送った。
『キミのことが嫌いになりました。さようなら。』

いつも会ってた16時。
夕焼けチャイムが聞こえてくる。
久しぶりに自動販売機のコーヒーを買う。
手袋を外して手に取ると
熱すぎて指が割れるかと思った。
この辺りも異様な静けさが覆っている。
例年通りならこの公園にも、
若者や家族連れがたくさんいたはずだ。
僕もその1人だった。
今年はないけど、
初詣もライブも初売りセールも。
いつも隣にはキミがいた。
素直になれずに強がっちゃうキミ。
やんちゃで無邪気に笑っているキミ。
ムスッとして拗ねた顔をしているキミ。
そして、あの時初めて見た泣き顔のキミ。
どのキミもすぐに思い出せる。
やっぱりキミに会いたくなった。

私は、生まれた時から
疾患を持っている。
日に日に弱っていく
自分を感じるのが怖かった。
いつの間にかそれが態度に出てしまって、
人ともなかなか打ち解けられなかった。
そんな私をキミが変えてくれた。
優しく微笑んでくれるキミ。
わかりづらいだけで表情豊かなキミ。
頼りないようでしっかり守ってくれるキミ。
めんどくさい私とちゃんと向き合ってくれるキミ。
キミと一緒にいる時間は、
疾患を忘れるほどに
楽しかった。
こんな日がずっと続けばいいと思っていた。
でも、
体が限界を迎えてしまった。

キミと触れ合って変わったことがある。
もしかしたら私は、
長くは生きられないかもしれない。
このままキミの近くに居続けると
私のことで
キミを悲しませてしまうかもしれない。
それが何よりも怖くなった。

先の見えない入院と手術。
そのまま病室から
一方的に別れを告げて、
一方的に連絡先を消した。
キミは私がどこにいるのかも
知らない。
だから面会には来られない。
だからもう会うこともない。
軽薄な私らしい終わり方だ。
これでよかったんだ。
外は雪が降り始めている。


徒歩20分、走ったら5分。
確信のないまま走り続ける。
こんなに走ったのは久しぶりだ。
向い風に滑る地面。
重い足に震える体。
さっきよりも雪が強くなる。
全身から蒸気が立ち上る。
こんなことに意味があるのだろうか。
怖い気持ちを押し殺して進む。
キミに会いたい。ただそれだけで走る。
そして、最後の角を曲がって
ようやく目的地に辿り着いた。

灰色の空に溶けるような白い建物。
キミは生まれつきの疾患があったと言っていた。
今は良くなったとも言っていた。
でも、本当は良くなってはいなかったんだろう。
きっと心配させたくなかったんだろう。
この街で手術と入院をすると言ったら、
ここしか思い当たらなかった。
だからここで間違いないはずだ。
受付はいるかどうかも教えてくれない。

ただ1つ、ハッキリしていることはある。
キミがここに居ても居なくても、
僕はここに来る。
いつもの16時。
夕焼けチャイムがなる頃に、ここに来よう。
僕にはそれくらいしか出来ない。
どこかから僕を見て、
勇気づけることが出来ればそれでいい。
ここにいなければ
本当に僕は必要なくなったんだろう。
それはそれでいい。
今はキミが幸せになれるなら
それでいいと思えた。

夕焼けチャイムが聞こえる。
いつもこの時間に会ってたな。
薄い病院食に白い景色。
入院生活にも慣れてきた。
今日もカーテンは閉めている。
もう外は見ない。
明るい空を見ると
余計に悲しくなるから。
私が元気だったら
キミとずっと一緒にいれたのかな。
考えても仕方のないことばかり
頭に浮かぶ。

売店に向かおうとしたら、
看護師さんが噂話をしている。
毎日チャイムが鳴る頃に交差点で
立ってる男性がいるらしい。

淡い期待と、
そんな資格もないという気持ち。
病室に戻ったら
ちょっとだけその人を見てみようかな。

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