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結婚の挨拶に行ったら、支持政党を聞かれた話

「支持している政党はどこですか」
結婚の許しを得るため、彼女の父親のもとへ挨拶に行った際、一番最初に聞かれた質問である。その質問の答えは用意していなかった。最適解はなんだろう、と頭の中の引き出しをものすごい速さで開けて答えを探していると、プツッと思考回路がショートした。ショート寸前ではない。完全にショートした。事前に用意していた、聞かれるであろう質問に対する答えが全て吹き飛んだ。泣きたくなった。昼だったのでムーンライトは灯っていなかったけれど。


昨年9月、結婚の許しを得るため、彼女の両親の元へ行った。同い年の彼女とは3年ほど交際し、1年同棲していた。1年一緒に暮らし、お互いに結婚を意識しはじめた9月、プロポーズして無事了承を得た。結婚を決めると、お互いの両親にそのことを報告し、認めてもらわなければいけない。結婚は本人たちだけの問題ではないのだ。

「結婚の挨拶」で想像されるのは、よくドラマなどでも描かれている「どこの馬の骨かもわからん奴にうちの娘はやらん!」というセリフや「お父さん…」と呼ぶと「お前の父親になった覚えはない!」とちゃぶ台をひっくり返すような、そんな光景だと思う。自分だけなのかな。その光景が頭をよぎり、完全に萎縮していた。

すでに結婚した友人に相談しても「震えるほど緊張した」や「ただただ父親が怖かった」など、ネガティブな返答ばかり。同棲を始めるとき一度挨拶に伺えればよかったのだが、タイミングの合わなさと、彼女の「挨拶は結婚するときでいいと思う」という言葉に甘え、結局相手の親と一度も顔を合わせることなくずるずると1年が過ぎた。

相手の両親からすると、娘が家を出て「どこの馬の骨かもわからんやつ」と同棲を始め、いきなり「結婚のお許しを…」と挨拶にくるのだ。心象は悪いに違いない。考えるだけで胃が痛くなった。

一応、失礼のないよう検索窓に「結婚 挨拶」などと打ち込み、上位に表示されるサイトをいくつか眺めてみるが「娘さんをくださいはNG」「政治、宗教の話はタブー」など、ありふれた情報しか出てこない。ゼクシィを買おうか本気で迷った。

挨拶の日取りを決め、いよいよ当日。
秋晴れの、空の高い日だった。
この町で古くから続く和菓子の名店で手土産のようかんを買い、彼女の実家に向かう。実家に近づくにつれ、緊張でどんどん口数が少なくなっていくのが自分でもわかった。緊張を察してか「なにか聴きたい曲ある?」と運転中の彼女。「ファイト。中島みゆきの」と答え、鼻で笑われた。こんな状況でも絶妙な曲をとっさに思いつく余裕が自分にまだあったのかと思うと、少し気持ちが軽くなった。『ファイト!』を聴きながら、スマホのメモに残しておいた挨拶文を何度も見直し、暗唱する。緊張で吐きそうになってきた。

彼女の実家につくと、母親がよく来たね、と玄関まで出迎えてくれた。軽く自己紹介をし、靴を揃え、居間へと進む。居間に入ると、父親がソファにでんと座っていた。笑顔で迎えようとしているが、緊張しているのか、少し顔が引き攣っているように見えた。

「ようかんがお好きと伺ったので…」と一言そえ、用意した包みをすっと差し出す。少し顔がゆるんだような気がしたが、緊張の糸はゆるまない。お互い無言のまま、重い空気が漂う。テーブルの木目を目でなぞりながら話し出すきっかけを伺っていると、母親が人数分お茶を淹れて持ってきて、席についた。ここだ。ついに挨拶のときだ。意を決して「この度は…」と言いかけたとたん、父親も口を開いた。

「支持している政党はどこですか」

その場が一瞬で凍りついた。
用意していた挨拶が一瞬で吹き飛んだ。と同時に、背中から一気に冷たい汗が噴き出た。「こういう場で、政治宗教の話はNGじゃなかったの?」「正しいこたえはなんだ?」いろいろな考えが一瞬で頭の中を駆け巡る。答えられず、体感で5秒、いやもっと短かったのかもしれない。口をつぐんでいると「なあに、ちょっと場を和ませたかっただけだよ」と父親がニヤニヤしながら付け加えた。とんだ場の和ませ方である。

だが、それで自分も吹っ切れたのか、用意していた硬い挨拶ではなく、自分のことばできちんと結婚の意思を伝えることができた。そのあとは、結婚してからのこと、式は挙げるのかどうかなど話し合い、無事に許しを得られた。

冗談だったとしても、結婚の挨拶で支持政党を聞かれた人はなかなかいないだろう。聞かれたときは心底焦ったが、今思えば一生忘れられない貴重な経験ができた。結婚を許してくれたことも含め、彼女の父親には感謝している。

もし息子ができたら「支持政党を聞かれるかもしれないから、答えを用意しておけよ」と伝えたい。
もし娘ができて、彼氏が結婚の挨拶にきたときは支持政党を聞いてやろうと思う。



その後、結婚式を挙げることにした経緯も書いています。



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