見出し画像

つぎはぎを繋げて【エピローグ】

『ほら、春日居先生の身長を後少しで超えるよ』

僕は先生と背中を合わせて言う。
本当だねと少し悔しそうに
でも嬉しそうに笑う先生がいる。


あれから僕は
何回ともなく桜の季節を過ごした。
今は病院ではなく
併設する寮が僕の住まいだ。

もともとは職員用の寮なのだけど
病院に近いこともあるし
通信教育で高校にも通っている。

『ピアノじゃなくて本を書くって?』
先生は僕と向き合い直して座り
コーヒーを勧めてくれた。
僕は頷く。

『頭の中にいろんなストーリーが浮かぶんだ。
それは僕の記憶かも知れないし、単なる僕の戯言かも知れない。でもなんだか面白くって』

赤いカーペットの上にちょこんと
小さな机と椅子。
ピアノはもう、ぼくの参考書置き場みたいになってる。
『ピアノはたまに弾こうかなって思う時もあるんだけどね。何だか気が乗らないの』

先生はどれどれと言いながら
傷跡が残る僕の手を取った。

先生が僕に触れると
頭がチリチリとするのはいつもの事だ。
うん、分かるよ。
母さんだよね。

長い指を曲げ伸ばししている先生を見ながら
僕の視線は紗理姉さんのほくろだ。
うん、姉さんごめんね。
ピアノは弾こうとすると
頭の中に凄い雑音が舞ってピアノの音が
全く聞こえなくなるんだ。
姉さんがどれだけ抗っても
僕は結局、母さんの脳に侵食されてる。

僕は先生が渋い顔をしても
いろんな言語の本を読み
赤い服を好んで着ている。

僕は僕だけど
だんだんそうじゃなくなっている事に
気が付いている。

それは僕の本心なのか
それとも母さんの脳がそうさせるのか
もう分からない。

『高校生になると進路とかも色々あるだろう。
どこの大学に行きたいのか考えておくと良いよ』

春日居先生の言葉に
僕は反射的に答えた。

『僕はただ先生のそばにいるよ』

先生はコーヒーの入ったカップを
落とすところだったけれど
僕は本気だ。

『君はとても優秀だよ。それは間違いない事だ。
ただいるって勿体ないと思わないかい』

僕は先生の言葉を遮って言う。
『うん、脳は母のだと知っているけど、僕としての上書きも数年間はあるでしょう。正直言うとね、今の僕は何がしたいのかまだ分からないんだ』

先生はとても複雑そうな
それでいてとても懐かしい様な顔で僕を見る。
ううん、先生は僕でなくって
父を見ているんだよね。

愛した恭一をね。

『そうか。そうだよね、焦って決める事も無いし、君が何か興味を持ったらその時始めれば良いよ』

春日居先生はそう言って昼休みから仕事に戻っていった。


あぁ、この課題が終わったら外に散歩にでも出よう。
あんなに天気がいいんだもの。
本のネタになるような事を見つけられたらいいな。

父さんの顔は少しずつだけど好きになるよ。
自分の顔としてね。
母さんの脳は本当に頭が良くって
勉強もどれもこれもが初めてじゃない気がする。頭がいい母さんで良かったよ。
紗理姉さん、いつかはまたピアノが弾けるようになるといいね。
音楽に合わせて勝手に指が動く時があるから、
きっと忘れていないって信じてる。
最後に僕。
僕自身が一番分かっていないんだけど、
家族の少しずつを繋いで
僕なんだって思っているよ。

どうか母さんの脳がこれ以上暴走しないように、このバランスを保てるように頑張るよ。

僕はパソコンを開き、
来週末までに提出分の課題に取り掛かった。
ふと画面が滲んだように見えて、僕はぼんやりとしてしまった。


この顔さえあれば、私は愛される。
それは恭一でなくても、もういい。
どうせ恭一は居なくなってしまったのだから。
いや、私の顔が恭一なのだから、
恭一はまだこの世に私の様に仮でも存在する事になるのだろうか。
あぁ、そんな事も、もういい。
やっと私は誰かに愛してもらえるのだから。
それも忌々しく思っていたこの顔のおかげだなんて可笑しい事よね。
恭一の気が変わればと産んだ子ども達だけれど、私の為にこうやって生き永らえてくれているなんて本当に親孝行な2人だわ。
バランス?
そんなもの、幾らでも私がどうにかしてあげる。
恭一も紗理もあなたも
結局は私には敵わないのだからね。   
あぁどうか、どうか神様お願い。
いつかは全てが私になりますように。
そして次こそは、愛される私でありますように。


僕が気が付くと、
いつの間にか掛けていた音楽は
3曲ほど過ぎてしまっていた。
最近ぼんやりする時間が多いけど、疲れてるのかな。
僕はパソコンの前に座り直すと、
課題を前に冷めきった苦いコーヒーをぎゅっと飲み干した。

壁に小さい蜘蛛がカサカサっと走って行ったのを
僕は気が付かなかった。


…終わり……


小説と呼べない拙い作品をお読みくださって、
本当にありがとうございます。
これはこのエピローグがあって完結となります。話のヒントはこの曲からでした。
少しグロいので、苦手な方はお勧めしません。
すみません💦 

横でニコニコとしている人が
本当はそうでないという事が実世界にもあります。
ただ狂気でないだけで。 
お化けより何より
生きてる人が一番怖いよと祖母が言っていた意味が分かるようになって来ました。
周りにそんな人が存在しない事が幸せです。

次は幸せな話を書きたいと思います( *´艸`)


#コーチング #レジリエンス#海外留学#バイリンガル#パニック障害#福祉の世界#拒食症#シングルマザー#子育て#世界ひとり旅#ヒッチハイク







良かったらサポートをお願いします。我が家のパソコン💻購入にご協力下さい!コメントも頂くとガテン頑張れます✨✨