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つぎはぎを繋ぎ合わせて①【小説】

 完璧ですよと言う言葉が
自分の上を飛び交っている。
自分の身体に意識を繋げると、少しだけど体中がチリチリと痛い。
目を開けようとすると、瞼にぺったりとしたテープが張り付いている様な気がする。
手を伸ばしてそれを剥がそうとしたとき、
自分の手が上手く上がらない事に気が付いた。
僕の右手、
そう思って動かそうとしても
丸太の様に重く硬い。

「まだ無理しない方がいい。」
その言葉と共に、僕の肩にふわっとした手の重さを感じる。

無理ってどういう事?
僕はどこにいるの?
僕はどうしたの?
顔中に巻き付かれている包帯の隙間から僕は声を出した。
それは僕の耳にさえ届かないような声。

「急がなくてもいい。
そのうちに全てを話すし、
君も分かる時がくるから。」

肩に置かれた手は重みを消し、
その声の主も居なくなった。
テープから僕の見える世界は白だった。


「もうペンを持って文字を書く事も出来るようになったんだね。」

「はい、先生達のお陰で随分出来る事が増えてきました。まだ洋服のボタンは難しいけれど窓から見える木が桜と言うものと楢の木だという事を教えてもらいました。」

僕は目からテープを外され
丸太の様だった腕を動かし、
なんなら指をまげて数える事も出来るようになっていた。
真っ白な病室で、時折開けてくれる窓の外は
信じられないほど沢山の色で埋め尽くされている。

僕は運が良かった。
そうらしい。

僕と父、母、姉が乗る車が
後続車に猛スピードで追突され、
そのまま数十メートルもある崖の下にコンクリートの壁を突き破って落ちたのだ。
僕以外の家族はみんな亡くなった。
後ろの車の運転手も亡くなった。
僕だけが奇跡的に生き残る事が出来たらしい。

でもそのかわり
事故の前の記憶を失くしてしまった。
命を失くした家族と記憶を失くした僕。

事故の話を聞いても悲しいとか
皆が恋しいという感情が出てこなかった。
先生は記憶が無いのだから仕方のない事だよと言ってくれた。
それに人は
自分の命が脅かされるような記憶は脳が勝手に消去する場合もあるって先生が話してくれた。
君は過去に囚われず、未来に向かって生きたらいいとも言ってくれた。
僕はそうしようと思う。

亡くなった家族の分も僕は生きよう。


冷たい息がほおっと窓の外に吐き出される。
僕はゆっくりなら
窓の近くに歩いて来れるようになった。
冷たい空気が頬に当る。
窓には頑丈な網がしてあって、
指1本外に出すのがやっとなほどだ。
傷だらけの指と手で僕は自分の顔を触ってみる。

どんな顔をしているのだろう。
先生や話し相手をしてくれる看護師さんも
みな白い服を着て、目深に帽子の様なものをかぶってマスクをしているから
目しか知らない。
僕の頭もいまだに包帯がしてあって、
同じような帽子を被っている。
頬にも目の周りにもザラっとした肌を感じる。

きっと凄い事故だったんだ。
沢山の傷があって、先生も言っていたけど沢山傷跡が出来ているんだ。

看護師さんが暇でしょうと
色々と本を持ってきてくれるようになった。

記憶は無いけれど字は読める。
それは凄くラッキーだねって先生も言ったけど
僕もそうだと思う。

その日の本は変わっていた、と僕は思う。

ドイツの音楽家の自叙伝だったけど、
読む前から内容を知っていた。
巻末に合った楽譜に合わせて
僕の指は勝手にシーツの上を走っていた。
看護師さんに話すと目だけ見える顔でもびっくりしたのが分かった。

それから僕に持ってくる本が
色々増える事になった。
僕が本を手に取り読みだすと、
白衣を着た人たちが一斉にペンで何かを走り書きし始める。
僕が本を読める事が凄い事なのだろうか。
先生は君が読んでいるのは他の国の言葉なんだよ。と言うけれど、僕にはそうなんだと言う気持ちしかない。
他の国ってどんな国だろうかと思うけれど…。

「先生、フランス語もイタリア語も読めています。ハングルはどうでしょう、広東語は?」
という声と共に
僕の前にたくさん本が手渡されてくる。

僕がそれを読み上げると
また部屋にいるみんながざわざわとする。
僕は単純にそれが面白くて
手渡される本を子どもが見たいに皆に読んであげたんだ。

楽譜を見て指が勝手に動いた事で、
僕の部屋に小さなピアノが来た。
白と黒のつやつやとしたモノ。
その前に座ると自然に指が走った。
鍵盤と言う物だと後から教えてもらったのだけれど、その鍵盤の上を僕の指が走るとなぜか懐かしい様な気持ちになった。
何という曲なのかは知らない。
ただ懐かしいという気持ちと
誰かに対して負けたくないという
悔しいような怒りにも似た気持ちが湧いてくる。

僕は昔ピアニストとか言う人だったのかも知れない。

僕は先生に湧いてくる色々な気持ちに関して話してみた。
本を読んでいると楽しいのだけれど、
何かに追われている様なソワソワした気持ちになる事。
ピアノを弾いていると皆が聞きに来てくれて嬉しいのだけれどザワザワした怒りの気持ちが湧いてくる事。

先生は
昔の君の記憶がチョコチョコと顔を出しているのかもしれないねと言った。

そうだよね。人って色んな感情があるんだ。
気持ち良いもの、気持ちの悪いもの。
昔の僕と失った記憶と共にあったのかもしれないな、その感情たちも。

窓の外に見える桜の木は
ピンクの花を沢山つけている。
風の強い日はその花びらがひらひらと舞って綺麗だ。

遠い遠い昔、
僕がまだ半ズボンを履いて走り回っていた頃、
誰かに手を引かれて空から舞い落ちるピンクの花びらを沢山集めた記憶がふと頭を通り過ぎた。

僕の記憶だと嬉しく思ったけれど、なんだろう。

その後はとても辛くて痛いような感情が湧いてくる。
思い出したいけれど思い出したくない様な気持ちにもなる。

僕の部屋に
ピアノと沢山の本が並んだ本棚があって、
外からはセミだと言う煩い鳴き音がする。
外の道路は暑さでゆらゆらとして見える。

僕の部屋はいつも同じ気温で
いつもと同じ白だけれど、外の世界は違うようだ。
桜はもうピンクでもなくそこ辺りにある木と同じように緑の葉を沢山付けているだけになった。


それは季節と言うものだよと先生は言った。

あぁどこかで聞いたことがある。
季節は巡ってくるんだよね。
僕はこの部屋で何回季節を巡ったのだろう。
それからの僕はどうなるんだろう、
そう言うといつも先生は少し笑った目で
君がこの部屋の外で生きていく為には、もう少し知る事があるよと言った。

そうだね、
僕はまだ自分の記憶さえ失ったままだ。
時々湧いてくる感情や気持ちはあるけれど、いつもそれも靄がかかっている。
窓の外の世界も良く知らない。
こんなに本は沢山読めるというのに何か大切な事を知らない気がする。

ある日、本をパラパラとめくっていると、中から栞が落ちてきた。拾い上げ見ると僕は悲鳴を上げてそれを投げてしまった。男性同士が抱き合っている絵だった。

悲鳴を聞きつけ、
バタバタと看護師さんたちが僕の部屋に来て
そっと腕を支えてベットに休ませてくれた。
本と栞は部屋の隅っこに落ちている。
どうしたの?
大丈夫?
なにがあったの?
何か喋りたくても喉を誰かに強く締められているようで声が出ない。
心配そうに僕を取り囲む顔に、
僕は虫が…と言った。


僕は嘘をついた。

あの日、
心配して駆けつけてくれた人たちに嘘をついた。

それに、
それから僕はあの本を毎日時間の許す限り開いて栞を眺めた。
いや、正しくは隠し見ていた。
この罪悪感は何なのだろう。
この後ろめたい気持ちは僕が付いた嘘なのか。
それとも昔の僕の記憶なのか。


また桜の木がピンクになる頃、
僕は僕の部屋意外にも歩いて行けるほどになった。
足元がフラフラする事も少なくなった。
ピアノも沢山思い出したし、
先生が僕が8か国語の本が読める事が分かったとも言った。

ゲーム機と言うものも
先生が持ってきてくれたけれど、よく分からなかった。
楽器もピアノだけでなく
ヴァイオリンやフルートなどの楽器も持ってきてくれたけど、僕が出来たのはピアノだけ。

少しずつだけど僕が僕であることが分かりつつある。
身体中の包帯も少しずつ取れてきた。
足や腕、身体は傷だらけ。
だけど服を着てしまえば分からない。
頭は傷跡のせいで毛が生えにくいんだそうだ。
外に出たら帽子でも被ればいいよと看護師さんが言ってくれた。

手で触ると
ザラッと毛の生える肌質と突っ張った感じの肌質とが分かる。
それがまだらにある僕の頭。
毛かぁ。
そうだな、本の登場人物は長かったり黄色だったり色々するけれど、僕は気にしない。

正直、顔が一番辛かった。
額に大きな傷があって、隠しようがない。
目の下の傷は薄くなった。
問題は口。
事故で口が裂けてしまいその傷を縫合した時、
口角と言われる所の傷が、普通にしていても笑っている様に肌が突っ張ってしまう。

自分は気に入らないが、
先生がいつも笑っている様で穏やかな君の性格の様だよと言ってくれたのが救いだ。

そうだ、僕は家族の分も笑って生きよう。
辛い時も悲しい時も自然に笑い顔にしてくれたんだ。そう思って生きよう。

続く………。


✨久しぶりに長めの物語を書いています( ´ ▽ ` )
自分でわくわく、且つ緊張中💦


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