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強さとは何処にあるのか【短編小説】


剣の使いは己れの強さを知っていた。

と同時に師範に付いた事も無く
我流での剣術に恥じてもいた。

しかしそれ以上に自分に聞こえてる賛美は
剣の使いを常に奮い立たせ
心をも強くしていた。

時は無慈悲に流れていく。
共に剣を持ち戦った仲間は
愛する者が出来たと剣を捨てていった。
新しい土地を求め剣では無く
知識を持って旅立った者も居た。

彼らを笑顔で見送っても
剣の使いは己れを変える事が出来なかった。

いや、一度、愛する者の為に
剣を置こうと思った事があった。
正直これで、死と隣り合わせの毎日と
私も別れることが出来ると思った。

しかし現実に別れたのは
生死を賭けた毎日とでは無く
愛したと思った者とであった。

剣の使いは知った。
『人はこうも簡単に裏切るのだ。
 それは剣があろうが無かろうが関係ないのだ』と言う事を。

それから剣の使いは
いつもの場所へと向かった。
丘に座って、海へ沈む太陽を眺めるのだ。
そして剣の使いは思いを馳せる。
あの海の向こう側の世界に。

剣の使いを置いて、世界は変わっていく。


戦う事すら必要では無いほど穏やかな日々が
流れ始めていた。
それは皆が望んだ平和でもあり
剣の使いの存在を否定する事でもあった。

剣の使いは、いつもの様に丘へ向かうと
先客がいる事に気が付いた。
それは振り返ると聞き慣れない言葉で挨拶した。

剣の使いが首をすくめると
それは空中に目玉をキョロキョロと浮かせながら
『私は冒険者だ』とゆっくり答えた。

冒険者と名乗る者は
今まで歩いてきた国々の話をした。
剣の使いにとってはどの国も魅力的で
想像をもつかない程
自分の生きている世界と異なっていた。

冒険者は、しばらくここに居るが
私は場所を持たない、と言い立ち去った。

剣の使いは
いつしか冒険者と会い、話す事を楽しみに
丘へ向かう様になった。
海に消える夕陽は
以前のものとは異なって見えた。
冒険者の話だと
あの向こうにある国は
人は剣では戦わない、
武器は言葉であり、文字であると言う。

そんな事で戦う事が出来るのか。
剣の使いは疑心ながらも興味を持った。
また冒険者は、こうも言った。
ある国の人は
何よりも美しさを求めるのだと。
いかに人より美しいかで人は競い争うので
戦いに負けぬ様、ありとあらゆる手を使うのだと。

剣の使いは己れの強さを知っていた。
と同時に型破りの劍術を恥じていたが
冒険者の話を聞いて
いかにそれがちっぽけな事であるかを知り
心は軽くなるのだった。

剣の使いは今まで以上に戦いに向かい
そして思う存分、自分の剣を奮った。

ある日、剣の使いが丘へ向かうと
冒険者が座っていた。
草木の音で気が付くだろうに
振り返ることなく
海の向こうへ沈む太陽を見ている。

冒険者の横に剣の使いが座ると
冒険者は待っていたかの様に言った。
『私はこの場所を去る事にしたよ』

剣の使いはその急な言葉に少し慌てた。
決まった場所を持たないと最初に聞いては居たが
いざ、冒険者が去ると聞き
途端に不安になった。

『どうしたんだ?嫌な事でもあったのか?』
それなら俺が叩き切ってやる
そう言う剣の使いに、冒険者は静かに首を振った。
『いいや、みんな優しい人達ばかりだよ。誰1人として私に嫌な事もしない』
赤い夕陽に照らされた顔に笑みを浮かべ
『私は決まった場所を持たないんだ』
そう言った。


『俺も一緒に旅をしたいんだ』
剣の使いは冒険者に申し出た。
それは剣の使い自身も思っても居ない言葉で
言いながら己れも驚いていた。

冒険者は消えてゆく夕陽を見ながら首を振った。
『それは出来ない』

『どうしてだ?私といると危険な事が無い』
冒険者にとって良い事ではないかと
剣の使いは荒くなりつつある口調で言った。

冒険者は少し黙っていた。

夕陽がすっかり落ちてしまうと
丘にはただの闇しかおらぬ。
冒険者はオイルランプを取り出すと火を付けた。

ぼおっと明るい中で冒険者は言った。
『私の旅は1人だから成立するものなのだよ。
1人で歩き、分かれ道に出くわせば
どちらに進むのか自分で決める事が出来る。
それはとても自由で素敵なんだ。
しかしそれには危険も伴う。確かに剣の使いの様な者がいれば安全だと思う。
しかし、私にとってその危険すら大切な経験で出会うべくして出会ったものなのだよ』

剣の使いは何かを言おうとしたが言葉を
探しきれないでいた。

冒険者が続けて言った。
『君は私に付いて来るならば、もう剣の使いとして生きてはいない。
私の付き人として生きていく事になるのだよ』

『私は弱いのだ』
剣の使いは絞り出す様に
やっと喉の奥から声を出した。
『私は師範も持たず、ただ剣を自分の思うままに奮って来た。
 正しい作法も知らぬ外道なのだ。知識すらもなく、愛する人も持たず、知っている事とすれば、狭くて小さいこの国の事だけだ』

『私は弱いままで生きていくのが耐えられない』

剣の使いの言葉を聞いて静かに冒険者は答えた。
『何を恥じようか。
 あなたの剣さばきを私は真似しようとも出来やしない。それと同じ様に、私の知る事をあなたは知らないだけなのだ。 それに弱いも強いもあるものか』

冒険者は遠くに聞こえる波の音を消さぬ様に静かに続けて言った。

『私たちは全く違う世界を生きて来た。しかし、この丘で見る夕陽の素晴らしさや、少しの儚さを同じ様に感じる事が出来たのは、全く異なる私たちだが、出会うべくして出会ったと言う事なのではないだろうか』

剣の使いも遠くの波の音を聞いていた。

『では、私は去るとしましょう』
冒険者はそう言うと剣の使いに手を差し出した。
剣の使いも革の手袋を取ると
強くその手を握り返した。

冒険者がオイルランプを持ち
丘を下り始めた時
その背中に向かって剣の使いは剣を振り下ろした。


そんなに時は必要無かった。
剣の使いは冒険者となった。
剣を捨て
今まで剣を握っていた、その手にはランプを持ち
暗い道を黙々と歩きだした。

『出会うべくして出会った事を、俺は俺なりのやり方で己れに生かし強くなるのだ』
力強く歩き出した新しい冒険者に
かつての冒険者はうっすらと目を開け
消えゆく命の灯を感じながら呟いた。

『私も彼も結局は同じ道を辿るのだな。
 追われる身は場所を持てない。その意味まで彼は理解出来たのだろうか』
静かに笑みを浮かべ
かつての冒険者は死に向かう。

『私も弱いのだ。だから伝えるべき事は話しておらぬ』


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