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【書評】小縞山いう『鼻毛』

対象書籍 『鼻毛』
著者   小縞山いう
出版社  私家版
発行日  2022年5月29日初版

詩集は存在だ!

小縞山いう『鼻毛』は第34回文学フリマ東京にて初売りされた「詩集」だ。詩集、としているが、一般的なそれとはだいぶ様子が違う。表紙は一枚のクラフト紙、その内側にある厚手の上質紙は表紙よりも天方向に長い。その内側には赤・青・黄の和紙の束が山折り――裁断される前のような姿だが内側に印字は無い――の状態で挟められている。三色の和紙は小口方向に飛び出ていて、天方向の長さは色によって異なる。和紙は平綴じされているようだが、その上から上質紙とクラフト紙でくるまれているため、ホチキスは見えない。ただし、まるで鼻腔内の鼻毛を親指の腹で触るように、冊子の背近くを撫でれば、隠されているホチキスの凹凸だけを感じることができる。

まるでエラー本のようだが、実はカニエ・ナハ氏によるれっきとした装丁だ。氏は以前から少部数の手製本を制作し続けている。手製本の長所は自由度の高さだ。本書はそれが遺憾なく発揮されていると言えるだろう。本文とのリンクも良い。上白紙には「ある日/差出人のない荷物が/郵便受けに届いた」とあり、和紙部分が「聞き覚えのない作者名の記された/詩集」であることがわかる。猫の歩みのよう、劇的なことは起こらず、飄々と続いていく「詩集」を読んでいるうち、現実と非現実の境は曖昧になり、手元とのこれこそが届いた荷物のように思えてくるだろう。近年はあらゆるものがデジタル化し現実世界に実体を持たなくなってきている。対してこの詩集の存在は絶対的だ。たった今自分の手の中に確かにある。上質紙のハリの強さも和紙の繊細さも指先で感じられる。高さが不揃いなため本文の位置も上下しており、追う視線も動く、そのときに眼球の筋肉が動く。運動が伴う。

ちなみに、ページのサイズが不揃いな「意図した乱丁」の本は『鼻毛』以外にもいくつか挙げられる。たとえば川口晴美の長編詩が掲載された『双花町についてあなたが知り得るいくつかのことがら paper version 5』(発行 稀人舎)もページごとの紙質と大きさがまるで揃っておらず、その禍々しさは呪物かのようだ。東方projectの二次創作同人誌『この作者、天邪鬼につき』(発行 すずだんご)も乱丁・落丁・無裁断のオンパレードで、その特異さゆえ同人誌ながらネットニュースに取り上げられた。また、ブックデザイナーの祖父江慎氏は『言いまつがい』や『伝染るんです。』といった乱丁デザインの本を数多く手がけている。これらの本が持つ魅力は電子書籍では絶対に成し得ない。実体を所有する楽しさはいつの時代も不変だ。そのようなことを『鼻毛』を読みながらしみじみと思った。

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