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壁に耳あり

ある朝、寝苦しい暑さの中で目を覚ますと、壁に2つの耳がついていた。親の顔より見た耳だった。左耳はインダストリアルがぶち抜かれていて膿んでいる。右耳は管理の行き届かないピアス跡が放置されている。これは間違いなく僕の耳だった。何百回だって見た自分の耳。自撮りの加工をする時、汚いピアス跡を隠してきた。だから、今目の前の壁に張り付いているのが自分の両耳だと確信した。

「僕はどうかしちゃったんだろうか?昨日飲んだ睡眠薬がまだ残っていて悪夢を見ているだけ?」

副作用に悪夢が含まれる睡眠薬は少なくないと小耳に挟んだことがある。今日は薬と自分の相性が悪かっただけかな。気の合ったセフレでも上手くいかない夜があるように、お気に入りの眠剤との相性は日夜変化する。

気づけば電車の通過音が聞こえる。壁に張り付いている両耳が音を拾って、よくわからないなんだかんだがあって、僕の脳に音として届いている信号がある。耳から脳への神経は繋がっていないはずなのに。ワイヤレス神経でも発明されたのか?

どうして耳だけが、僕から離れて壁にひっついいているのか。鼻や口は顔についているんだろうか、確認できない。目だけが僕本体に付着している、と思い込んでいるだけかもしれない。耳がない僕は果たして僕なのか。これから音楽を聴くときは、壁の耳にイヤホンを刺さなきゃいけないのか。耳掃除は楽になりそうだが。そんなことを考えていたら面倒くさくなってきた。

「どうせ悪夢だろうから、もうひと眠りしてから起きよう。」

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次に目が覚めると、やっぱり同じように壁に耳がついている。これは現実なんだろうか。聞き耳を立てると、隣の家の子供たちの声がはっきりと聞こえる。普段とちっとも変わらない様子だ。耳の場所以外は何一つ変わらない。もうこのままでいいんじゃないかな。可愛い耳を正面から見れるし、音は脳に直接届くし、問題はなさそうだ。むしろ便利になった気がする。なんでもポジティブに考えるようにって決めたじゃないか。このまま耳を飾っておこう。なんなら新しいピアスを買いに行かなきゃ。


いつまで夢を見ているんだろう。夢の中で夢を見ていたのか。じゃあ一体いつから夢を見ているんだろうか。どこからどこまでが現実で、夢との線引はどうやって引けばよいの。前にも後ろにも進めない今も、全部が夢なら済んだのに。

子供の声も、電車の音も、眠剤を飲んだのも、全部夢かもしれない。

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眠れない夜に

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