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喫茶店百景-甘党のおじさんたち-

 先日、父の生存確認に行ったら、前の日にIZさんが来たと話してくれた。お元気そうとのことで、うれしい。

 IZさんは、父の小学校からの同級生で、オカネモチだったらしい。実家がかまぼこ屋を営んでおり、お小遣いも多いし、大学の頃なんかは赤いスポーツカーを買ってもらったりと、父にとっては何もかもが羨ましい存在だったそうだ。確か顔も広く、IZさんの結婚式には宇崎竜童氏が参列したと聞いたことがある。
 そのIZさんが、手づくりのパンと焼き菓子を持ってきたから食べなさいと父から持たされた。それで思い出したけれど彼は甘党だった。

 いつだったか、IZさんが店でアップルパイの話をしていた。IZさんはニューヨーク堂のアップルパイが好きで、色んな店でアップルパイを買って食べたけれどニューヨーク堂のがいちばんだと言った。アップルパイと言えば父も好物で、父の好きなのは梅月堂のものである。父は初めての給料で、梅月堂のアップルパイを1ホール買ってひとりで食べたほど。きっと当時はアップルパイというのはちょっとした贅沢だったのだろう。ニューヨーク堂のアップルパイは食べたことがないとそのとき言っていたから、後日通りがかった時に買って食べさせたけれど、やっぱり梅月堂の方が好みだと父は言った。

 ある日、IZさんが店に来た時、WNさんというこちらも同級生のおじさんがココアフロートを食べて(飲んで)いた。店を小規模にしてからは、メニューを減らしていたからどこにも書いていないのだが、WNさんがおいしそうに食べるそれを、IZさんは見逃さない。すぐに父に作ってもらい、何度もおいしいと言って食べる2人はほほえましかった。

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 もう一人、強烈な甘党なのはSHさん。SHさんは、ちょっとそこらへんにはいないほど甘党で、まんじゅうやカステラなど甘いものはだいたい好きだったうえに食べる量がまたすごい。かす巻きという、カステラ生地であんこを巻き、表面にザラメ糖がまぶされた、見るからに甘いお菓子があるのだけれど、こういうものは恵方巻きみたいにかぶりつく(切らないということです)。カステラだって切らずに端からどんどん食べていく。そんなふうな食べ方をしてもぜんぜん太らない。むしろ彼は瘦せ型だった。おいしそうに、うれしそうに食べるSHさんの姿を見るとなぜかしあわせな気もちになった。

 彼はいろいろあって独り者で、それもあってか父のこともよく気にかけてくれた。互助と言った感じだろうか、会話もたのしかったし、店で会うのをたのしみにしていた。どこかへ出かけて甘いものを見るとSHさんを思い出し、おみやげにしていた。彼の笑顔は見る人を喜ばせるような気がする。

 今は会えなくなってしまって、ちょっとさみしいとおもっている。

とらまき

これは「とらまき」


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