直治

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表現者/人間 https://lit.link/naoji00 ショートショートや雑記をメインに載せていきます。音声配信アプリstand.fmにて『物語るラジオ』(公式承認)『ちいさなものがたり』(コラボチャンネル)を運営中です。

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  • 『作品48』

    『作品48』 『作品48おれは夢を見ていたのか』 『作品48』独白 三部作です。 過去に書いた自分の作品を分解し、加筆修正したものです。 私は過去の私にありがとうと言いたい。

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『四月。』

まだ四月だというのに、車内は窓を開けないと耐えられないほど暑かった。男は信号待ちの間、煙草に火をつけようか迷ったが、結局つけなかった。チクチクと胃の辺りが痛むからだ。ここのところ物事が上手くいかず、気分もすぐれなかった。不惑という言葉が男の脳裏をかすめた。「こんなものか」男はハンドルを握りながら独りごちた。遠くの方でクラクションを鳴らす音がした。一瞬、それが何処から聞こえてきて誰に向けられた合図なのかわからなかったが、後方の車が自分に向けた音だとわかり、男は急いでアクセルを踏

    • 『作品48』独白

      女の眠っている顔がいつもとはまるで違って見える。今にも何かを語り出しそうだ。男は眠れない。ベッドから起き上がり、部屋中をうろうろ歩き回る。どうすれば、自分でも聞こえないような声で。どうしたい、自分でもはっきりと聞こえる声で。男は独りごちる。 壁掛けの時計は午前三時を回っている。秒針が焦り始めている。一秒を一秒以内に。後戻りはしない。何かが壊れていく。一秒ごとにひとつずつ。その響きが男の部屋をひどく空虚なものにしてゆく。男は世界から孤立させられる。静寂だけが男と向き合い此処に固

      • 『作品48 』 おれは夢を見ていたのか

        机の前の壁に出来た、顔のようなシミ。 男は長い間その存在に気づかなかった。 シミはヤニ色に染まった壁の中で息をひそめ、そのときをじっとうかがっているようだった。奥行きのある瞳、薄い唇、薄茶色のそれは微笑でもなく、泣きべそでもない、表情というものをまったく感じさせなかった。ただ一途に、男をみつめているだけであった。 男は何時間もシミをみつめた。睨めっこなら自信があったのだ。おれはそう簡単には笑わない、おまえなんかに負けてたまるか、ん、むむ……ぷはっ。よしもう一度。むむむ……むむ

        • 『作品48』

          「私のレクイエムは、特定の人物や事柄を意識して書いたものではありません。……あえていえば、楽しみのためでしょうか」 ガブリエル・フォーレ         (Wikipediaより抜粋) リピート設定された曲が再び流れ始める。 管弦楽の斉唱が低音を鳴り響かせ、宗教的な合唱が歌う。テノールは甘く透明な声で祈り、やがてボーイソプラノが受け継ぐ。最後に、四部合唱が再び歌い出す。「永遠の安息を、僕の上に、永遠の光を、照らしたまえ」 椅子に座った男がひとり。スピーカーから流れる薄い音に

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        『四月。』

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        記事

          『KOKUEN』

          彼は鉛筆を13時間削り続けていた。 別段珍しいことではなかったが、今までのそれとは何かが違った。何かが違う、といっても私にはわからない。本来ならば、作者は書かない設定こそ大切にしておくべきだろうが、私にはわからないのだ。彼は私をすでに通り過ぎている。私の手から離れ、どこか遠い、ふるさとのような場所に行ってしまっている。坂口安吾はそれを「文学のふるさと」と表現した。が、ここでいう私のふるさとは違う、もっと低俗で、悪臭すら漂う、それでいてなんだか楽観的な場所だ。安吾の書く「ふるさ

          『KOKUEN』

          『天使みたいな子のはなし』

          書きかけのメモ  転がった鉛筆    積み重ねられた本  固まったカップ麺 浮かび上がった油分       飲みかけの水 浮かんだ藻    くすんだコカ・コーラ 蒸発した二酸化炭素        濃度を増したコーヒーはゴムの味     食い散らかしたパン屑 星屑 スターダスト            否          ゴミ屑たち     床を這う虫        懸命に食事を運ぶ         生きなくっちゃ            生きなくっちゃ        せっせ、せ

          『天使みたいな子のはなし』

          『春の夜のはなし』

          きょう、ぼくはぼくをころした。 ないぞうをえぐりだして、みんなにみせてやった。 みんなはへいきなかおしてた。 こんなにてがまっかなのに、こんなにいたいのに。 みんなはへいきなかおしてた。 しょうじき、これにはおどろいた。 と、ここまで書いて彼はペンを置いた。 時刻は午前2時をまわっていた。いったいどれくらい机に向かっていたのだろう。喉がカラカラだった。腰が鈍く痛んだ。頭の中は空っぽで、もう何も考えることが出来なかった。しかしもう少し書きたい。思考という果汁を、最後の一滴まで

          『春の夜のはなし』

          『或るデラシネの一生』

          カタチがない。 それが彼にとって最後の事実だった。 彼の最初の行動はペンケースを選ぶことだった。散らかし放題の机上を引っかきまわした。どこにも目当てのものはない。いや、あるにはあった。しかしどのペンケースも違った。缶のペン立て、プラスチックケース、帆布の袋もしっくりこなかった。さんざ悩んだ挙句、彼は革製のちいさなペンケースを選んだ。それは焦げ茶色の、使い古されたシンプルなものだった。これだ、これだ。彼は革の匂いにいくらかの安心をおぼえた。次に取る行動は簡単だった。真鍮のペンシ

          『或るデラシネの一生』

          『自省録』

          私から私へ 1 書けないときはノートに「書けない」とだけ書き続ける。それを笑う者は書く喜びを知らない者である。 2 手の感覚を大事にせよ。今触れているものがすべてである。 3 近くに疲れたら遠くを見よ。 4 自分の毒を見逃すな。逃げるな。宝である。 5 書きつぶせ。己のくだらぬ思想などいらない。恥部のみを書け。 6 誰かの批評をするな。いつまでも批評される者であれ。 7 線をひけ。周りは止めるであろう。「その線から先へ行ってはいけない」と。行くなら行け。そのかわ

          『自省録』

          『喰ひたい犬』

          あばら あばら 腹が減った おれはなんにちもくってない ぐうぐう くるくる 腹がなる あばら あばら 腹が減った だから自分のあばらをくってやった ガリガリ バリバリ くっちまった あばら  あばら 腹が減った たりないから自分のあばらを またくってやった バリバリ ガチャガチャ くっちまった あばら  あ ばら   めまいが しやがる あせりから 自分のあばらをまたくってやった  グチャグチャ パチャクチャ くっちまった あ ばら  あばら ばら  口が まわらなく

          『喰ひたい犬』

          『省察』

              省察 泡銭 歩く銭 垣間見る  吾亦紅      我も乞う 内緒の夢   内奥の百合       垣間見る 百日紅        去る巣hell 心のボタン    明後日を向き 無氣になって        脱がさないでと泣く    今宵九日           年中帰還 鯉の滝登り       恋の多岐保留            垣間見る          鳳仙花    這々せんか         応戦しませんか?  堂々

          『省察』

          『一個の死』

          一羽の小鳥が死んだ その死はとてもしずかだった 真っ黒な瞳は閉じられていた 閉じられた先になにをみているのか それだけがきになった それが死なのかと思った 一匹の狼が死んだ その死はとてもしずかだった 凶暴のかぎりをつくした奥歯はしまわれていた しまわれた奥歯がどこにいくのか それだけがきになった それが死なのかと思った 一人の人間が死んだ その死はとてもにぎやかだった 自分をあざむき続けたこころはきえていた きえたこころがどこにいくのか それだけがきになった それも死な

          『一個の死』

          『われここにあり』

             小さき部屋に男がひとり       泣いている           否             笑っている     そんなこと誰が知ろう    机上には書き損じた原稿   メモの類い      ペン ペン ペン         丑三つ時  陰の氣垂れ込め    風鈴響く     月夜にて その一条さしこむ         男のペン進む         三千大千世界にて     須弥山より見渡し気張らず気晴らす   優曇華の花降らばパレェード   始まる   

          『われここにあり』

          『私は行進する』

          「雲が大きすぎる。空が広すぎる」 自然。日々の感傷ということ。それはやってくる。まるで突然始まった色の少ない映画のような。まるで何処かから聴こえてくる音の悪いレコードのような。私はそれに対応しなくてはならない。なんてことはない。飯をくい老廃物を垂れ流し、文字を起こし声を響かせるだけである。SNSと書いてみる。私は私以外の人間が煌びやかで羨ましく感じることがある。そんなとき私のちいさな心臓は声も出さずに泣いたりする。泣きべそ。私は私がひとりぼっちだと決めつけたりする。羞恥。怒号

          『私は行進する』

          『月夜』

          深夜2時。外は音ひとつない。時計の秒針が規則正しいリズムを響かせている。彼はデスクに向かっている。目の前の印刷された大量の文字。彼はその紙の束を丁寧に読み直す。何度もなんども。物語。整合は取れているか。人物は生きているか。風景は想像させるか。視覚的に文字列がどんな効果をもたらしているか。聴覚的に朗読に耐えうる性質を持っているか。誤字脱字はもってのほか。何ひとつ間違いがあってはならない。深夜2時32分。窓から入ってきた風が彼の頬をかすめる。彼は気づく。窓が開いていることを。月の

          『月夜』

          『桜桃忌に寄せて』

          1948年6月19日 玉川上水下流にて太宰治の遺体みつかる。 『あの頃の僕へ』作/直治 あなたの作品を初めて読んだ夜 眠れなかった 涙が止まらなかった あの夜から 僕の戦闘は始まっていたんだと思う 仕事をやめた 人間関係を変えた 遊びふけた 旅をした それらすべてを死に物狂いで書きなぐった あなたの眼差しを真似したくて あなたの頬杖を真似したくて あなたの言葉を盗みたくて 少しでも 人生に絶望しているというポオズをとりたかった でも 僕には出来なかった やり切ること

          『桜桃忌に寄せて』