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[連載短編小説]『ドァーター』第八章

※この小説は第八章です。第一章からご一読されますと、よりこの作品を楽しむことができます。ぜひお読みください!
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_________本編_________

第八章 死人が笑う
 一葉が家にやってきた。彼女は今までいつもフードを深く被り、素顔を決して表さなかったが、今回は違った。
 100日間娘を守り抜くという約束期限はすでに過ぎ去っており、約一年が経過した頃だった。巴枝はまだ眠っていて、乙枝とはずっと音信不通だ。そんな中、一葉は一年ぶりに、いきなり僕に会いに来た。
「今日来たのはね、どうしても頼みたいことがあってきたの」一葉は俯いて言った。
「どうしたんだよ、急に」一葉のまさかな言葉に僕は驚きを隠せなかった。
「巴枝が撃たれてからしばらくした時に、二十二から『娘をまた守らせてくれないか』って言ってきたことがあったでしょ?」確かに言った。でも、一葉はそれを認めなかった。しかしそれは当然のことだと僕は思っている。巴枝を守れなかったんだ、そんな奴に任せられるわけがない。「そこで、今更なんだけど、また二人を守ってほしい」
 まさかだった。僕は目を丸くして思った。なぜまた僕を頼る?そもそもなぜ二人を守る必要がある?一葉から願い出てくるなんて、いったいどういうことなんだ。一葉の思惑がまるでわからない。考えがまるでまとまらない。
 いや、待てよ。今まで僕は娘を守ることしか考えてこなかったから、一葉の存在にあまり重きを置いていなかった。しかし、考えてもみれば、答えはこんなにもすぐ近くにあったんだ。僕の見立て通りなら、巴枝を撃った犯人は一葉だ。もしそうだとしたら、一葉が今まで顔を隠していた理由にもこれなら説明がつく。しかし、一葉を犯人だと決定づけるには矛盾している箇所が多すぎた。僕はまだ確信が持てずにいた。
「わかった、引き受けるよ」
 もし、一葉が犯人だとするなら。悪い汗が背中をつたう。今だけは、念の為一葉と話を合わせた方が得策かもしれない。
 もし言葉を間違えたなら、このまま死だってあり得る。それほどの修羅場に僕は直面しているのかもしれなかった。
「……あら、何も聞かないの?意外ね」僕はゾッとした。不気味な表情は、心の中を見透かしているようだった。「けっこう、二十二ってあっさりしてるんだね」
「あ、ああ。そうだな」僕の鼓動が素早く打つのを感じる。そして、次の瞬間、一葉がまさかな言葉を発する。
「ねえ二十二、もう気づいてるかもしれないけど、念の為聞くね。私が巴枝ちゃんを撃ったんだよ?」
 彼女のその言葉で絶望に突き落とされた。なぜ一葉は僕の家に来た?じゃあさっきの頼み事はなんだ。僕を殺しに来たのか?頭がゴチャゴチャする。
 僕は座っていることが耐えられなくなり、勢いよく立ち上り、キッチンのカウンターに当たるまで後退りした。
「そう焦らなくても大丈夫だよ。殺しをしに来わけじゃないからさ……ね?」
 咄嗟にナイフを取り出していた僕に一葉は少々焦っている様子だった。しばらく両者沈黙した。僕は自分を落ちつかせ、ナイフを置いた。僕は殺されないと言う謎の確証を得たせいか、言いたいことがコップから水が溢れるように出てきた。
「いったいどういうことなんだ。なぜ巴枝を撃った?僕になぜ二人を守れと言った!そもそも、なぜ僕を牢獄から出した!」随分ときつい口調で言った。
「そんなに知りたい?」また彼女は不敵な笑みを浮かべた。また愉悦を感じている笑みでもあった。
「それは、明日、病室に行けばわかるよ」
「は?何だと、ここまで言って、全部しゃべらないつもりか!ふざけるな!」僕は机を乗り上げて強く怒鳴った。
「ごめんね」そう言うと、一葉は席を立った。「ちゃんと巴枝を守ってあげてね」
「だったら、今ここでお前を警察に突き出す」眉間にシワがより、牙を尖らせた。鋭い視線で一葉を睨んだ。
「それはもちろん、もう巴枝ちゃんに手は出さないわよ」
 こんな状況で、どうすれば娘たち二人を守れる?一葉意外に、巴枝と乙枝を脅かす存在がいると言うことなのか?いったい誰なんだ。巴枝の学校側に何かあるのか。乙枝の知り合いが犯人だという可能性も……だめだ、こんなのキリがない。一葉意外特別怪しい人なんてわからない。
「頑張ってね、二十二」
「おい!待て!」
 一葉はスリッパの擦れるおとともにリビングを出ていく。僕は一葉を止めようとするが、ギリギリのところで避けられてしまう。僕は一葉を追いかけるように家を出た。しかし、すぐに車のエンジンの音共に一葉は姿を消してしまった。
「行き先は病院だ」僕は一葉が巴枝にとどめを刺しに行くと考えて、自分の車に乗り込み、エンジンをかけた。
「絶対に殺させない。今度こそ守ってみせる」僕はハンドルを握りしめ、アクセルを思いっきり押し込んだ。

 車を駐車場に捨てるように適当に置いて、僕は病院の自動ドアにぶつかる。右手でスマホを操作し、足を進めながら警察に電話した。受付を素通りし、階段を駆け上がった。駅のホームでの後悔を覆すように。
 巴枝が眠っている病室の番号を何度も呟いた。全力で病院の廊下を走る。看護師の冷たいトゲトゲとした視線は何のその、通り過ぎていく。「あった!」
 看護師がその病室を笑顔で出入りしている。ってことは、つまり、まだ巴枝は無事だと言うことだ。早く、この目で巴枝が無事に眠っている顔を確認したかった。
 病室の扉を横にスライドし、中へ飛び入った。窓から入る強い夕日の光を浴び、次第に目が慣れてくる。
「久しぶりね、暴れん坊さん」
「一葉!」そこにいたのは、一葉ではなく、乙枝だった。彼女は不気味に笑っていた。僕はその理由を探すように視線をめぐらせた。そして、右手に至った時に視点はピタッと止まる。あの日、駅のホームで見た銃、それが乙枝の右手に握られていた。
「乙枝、それは……どうして、なんでお前がそれを持ってる」僕の表情はひどく引きつった。銃は巴枝に向けられる。心臓がざわめく。
「やめっ、」刹那に銃は発砲され、部屋に響き渡った。その後も、何度も何度も布団の下に眠っている巴枝に撃ち尽くされる。
 足から崩れ落ち、あたかも僕が撃たれたように地面に倒れかかった。巴枝は目をカッと見開いて、僕を凝視しながら死んでいた。心臓が激しく鼓動するのを感じた。巴枝は不気味に笑っていた。
「見るな」掠れた声が漏れた。もうやめてくれ。もう僕から奪わないでくれ。「幸せはいらないから。大切なものはいらないから。だから、もう僕を永遠に一人にしてくれ。こんな僕を見ないでくれ。

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毎日続ける!掌編小説。34/365..

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