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[連載短編小説]『ドァーター』第十一章

この小説は第十一章です。第一章からご一読されますと、よりこの作品を楽しむことができます。ぜひお読みください!『ドァーター』のマガジンのリンクはこちらです↓((一章ずつが短く、読みやすいのでぜひ!

第十一章 愛してやまない人

 少しだけ、水が電気で焼けたような匂いのする路地裏にいた。

「いったいどうしたんだ、急にこんなこと初めてさ。なあ、お前は何者なんだ?」月夜に輝く、金色の髪がなびいた。街灯の下で照らされた僕は闇に潜む一葉を見て言った。

「私はただ、二十二を守りたいだけだよ」一葉は愛おしいものを見るかのような、ほおを高揚させた表情で僕を見ている。僕は咄嗟に踵を返し、路地裏のさらに奥に向かった。が、一葉に押さえつけられてしまう。「逃げないでよ」そして一葉は僕をただただのぞいた。あまりの恐怖で、血の気が引いた。一葉の浮ついた声は、僕を侵略していくようだった。「私は二十二を殺したりしないよ?ただ守りたいの。だって、大好きな人を守るのは当たり前でしょ?」僕はハッとさせられた。こんなにも恐ろしい愛があるなんて、この今まで僕は、あのひ弱そうな一葉が本当にテロを起こしているなんて信じられなかった。でも、今納得した。

「二十二の娘たちったら、本当に嫌な奴らよね。死んでしまった方がいいんじゃないかしら」僕は恐怖で腰が抜けてしまい、一葉を振り払うことができない。「そうよ、アイツら二十二の娘になれて本当に幸せよね、それなのに『愛してほしい』なんて願望を持つなんて、ほんと図々しい奴ら!あーいいなーいいなー二十二と100日間同じ屋根の下なんて、いいなー」一葉は大声で叫いた。「ね、二十二、これをきに一緒にすまない?」
「な、何を言っているんだ」動揺が顔に出た。「だから、どうして乙枝は巴枝を撃ったんだ」

「ふーん」一葉はニヤついた。「最初から私が巴枝を撃つように仕向けた。みたいな言い方だね」
「そ、そうだよ!乙枝が実の妹の巴枝を殺すわけがない!」
「本当にそうかな?」一葉は首を傾げた。「二十二にも思い当たる節があるんじゃない?」

 ぐうの音も出ない。愛してやれなかったからだ、僕の罪悪感のせいで。

 すると一葉は、続けて言った。この言葉は僕の心を強く揺さぶる。

「私は全然いいと思うけどな、そんな奴ら守らなくて正解だよ」一葉は立ち上がって、僕の背中を支え、起き上がらせた。「二十二は何一つ悪くない。罪悪感なんて感じなくていいんだよ。自分を許してあげて」

 それでいいのか、僕は許されていいのか。こんなにたくさんの人を守れなかった最低な僕を、みんなは許してくれるのか。そんなわけ。

「いいわけがないだろ」僕は強く言って、一葉の手を振り払い、睨め付けた。「僕の罪は償うことのできない程の罪なんだ。簡単に死ぬことも許されない、僕にはとびきりの罰が必要なんだ」
「そう……、じゃあ二十二の罪は増える一方だね」僕は少しだけ心がキュッとした気がした。

「来たる100日後、この街の人々全員を毒で苦しめる。子供も、大人も、みんな。私は未栄なく殺す」一葉はそう言うとポケットから小さな紙袋を取り出した。「でも、二十二には選択肢がある。この紙袋には解毒薬が入ってる。これを培養すれば、街の人数分事足りる」
「は、何を言ってるんだ」僕は声を裏返して言った。しかし、一葉はそのまま強引に続けた。

「でも、誰かが乙枝の家にある解毒薬を手にしたと同時に、私は乙枝を殺すわ」
「ふ、ふざけるな!人の命をなんだと思ってる!」僕は声を張って言った。
「……私はただ二十二を愛しているだけだよ。私の愛を邪魔する奴らなんか、この世にはいらない。私はあなたを守りたい。それだけだよ」一葉は優しく言った。「二十二はどちらを選ぶのかな、どちらか一つしか選べないよ。解毒薬を選べば、娘である乙枝を失うが、街の人々を救うことができる。そして、二十二は罪を街の人たちからも許されるだろう。娘を選べば、街の人々は死に絶え、共に土に帰る。もちろん私も例外じゃないわ、もし二十二が娘を選んだら、私も街の人たちと一緒に死ぬことにするわ、そして二十二は確実に死刑に処される」最後一葉の瞳に水が溜まり、一瞬だけ輝いたように見えた。「それじゃあね、100日後、楽しみにしてるよ。乙枝と、ちゃんと話すんだよ」
「待て!」一葉は不敵な笑みを浮かべると、闇に消えてしまった。


 どうしたらいいんだ。僕は、僕は誰を守ればいいんだ。どちらかしか守れないなんて、そんなのあんまりだ。


 あの日と同じだ、妻を失ったあの日も、街の人たちは毒に苦しめられ、人間どうしの解毒薬の奪い合いが起きた。地獄のような光景だった。思い出しただけでも、吐き気がする。でも、僕は解毒薬を手に入れようとしなかった。妻を救おうとしなかった。本当は、怖くて怖くて、今すぐにでもこの罪から逃れたいほど僕は臆病だった。誰も傷つけたくなかった。街の人たちが争っている中、妻の命が刻一刻と無くなりかけている中、僕はその地獄を目に焼き付け続けた。僕以外、結局その街で生き残った人間はいなくて、みんな家族を守りたいという一心だけで戦って、みんな人が良かったから、死んでしまった。

 僕は残っていた解毒薬を飲んでのうのうと、生き残っている。

 こんな経験して学ぶとしたら、今回はどちらか必ず選ばなくちゃいけなくて、合理的な方を選ぶのが当たり前なんだろうな。でも、僕は乙枝を救いたい。今度こそ、罪を償いたい。

 僕はまっすぐ、昨日仮釈放された乙枝へ向かうのだった。そして自分に言い聞かせた。僕が僕を許すのは、もっと、もっと先でいい。いっそ無くていいことなんだ。

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