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【書籍】ソーシャリー・エンゲイジド・アート入門

[課題]
ソーシャリー・エンゲイジド・アートとは、「アート」と呼ぶに相応しいのであろうか。

パブロ・エルゲラ(1971 ~)はソーシャリー・エンゲイジド・アート(以下SEAと表記)について、以下のように定義している。

SEAとは社会関与型アートと訳され、想像や仮説といった象徴的(シンボリック)な行為ではなく、コミュニケーションといった現実(アクチュアル)の社会的行為に基づいて展開されている。これは社会的相互行為なしに成立しないこと、すなわち、主としてアーティストであるアートワークの仕掛人のほかに他者が関与することによってのみ成立するアートであるといえる。

これまでアートとは、アーティストが社会的な問題等を表現するための手段として作品を制作し、作品を展示することで他者にその問題について想起させるという、いわばアーティストから鑑賞者へと向かう一方向の表現が一般的であった。

一方で、SEAはアーティストが直接的、もしくは間接的な方法に関わらず、他者と積極的に関与する、すなわちアーティストと他者とがともに作品を共有することで成立する双方向のアートであるといえる。

日本においても『ソーシャリー・エンゲイジド・アート展:社会を動かすアートの新潮流』(アーツ千代田3331、2017年)が催されたように、SEAは新しいアート表現のひとつとして近年注目を集めている。

以降で、コンテンポラリー・アーティストである、ポール・ラミレス=ヨナス(1965 ~)によるプロジェクトを例に、SEAのアート性について言及する。

ニューヨークを拠点として活動するポールは、2010年、ニューヨークのタイムズスクエアに特設したキオスクを舞台に、『Key to the City』と題するアートプロジェクトを実施した。

ニューヨークでは市の英雄や貢献した人物などに対して「市の鍵」を贈呈する慣習がある。彼はその慣習に準えて参加した市民や観光者達に鍵を配り、受け取った参加者達は20以上の美術館や公園などに設けられた特別なスペースに入ることができるという、一見するとよくありそうな一般参加型のイベントの印象を受ける。

このプロジェクトを読み解くうえでのキーポイントである「鍵」は、扉の開閉を行うという物質的な役割だけではなく、中世ヨーロッパ時代から受け継がれる富や権力の象徴としての役割も担っている。

「市の鍵」についても後者の意味合いとして用いられており、特別なスペースに入場できる鍵とは、あなたはニューヨークにとって特別な人間であると明確に気付かせる目的がある。それは、ニューヨークにおける都市形態と深く関わっているからにほかならない。

人種のサラダボールと揶揄されるほど、人口のおおよそ34%を外国人が占めるニューヨークは、さまざまな人種や文化が個々に共存・共生していることから、多様性を認めている都市であると世間一般的には認知されている。しかしながら、表向きには多様性を認めながらも、人種差別や労働者階級による迫害といったような、実際には根深く解決し難い問題を多く抱えている都市であると私は想像する。

なぜなら、このプロジェクトにはニューヨーク市も参画していることから、

市民こそが街の主役であることを再認識させる必要があった

の点からも明らかであるように、再認識させる必要があると述べる人物は市長をはじめとした市の関係者側であり、このことを明言せざるを得ない理由、すなわち多くの市民にとっては街の主役が誰であろうと関心がないことを如実に露呈している。

このことから、このプロジェクトの意義とは、街の主役という表面的なメッセージ以外に、人は誰しもが特別な存在であるという意味合いと、あえてあなたは特別な人間であると言わなければ成り立たない、ニューヨークという都市が抱えた闇について想起させることを目的としたものであると考える。

以上のことから、アーティストだけではなく、他者、すなわち市および参加者が相互作用的に関わることで、ニューヨークにおけるより本質的な問題が顕在化し、ニューヨークがどのような都市であるか考えるきっかけを与えてくれた当プロジェクトは、アートと呼ぶに相応しいと結論付ける。

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