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【考察】写真とイラストの違い

先日ゼミのスピンオフ勉強会(ワークショップ)において、写真とイラストとの違いとは何なのだろう、という指摘があった。

というのも、私は写真(とりわけデジタル写真)における根源的な本質は「データ」にあると考えている。ともすればイラストであったとしてもデジタルで制作すれば「データ」から作られているよね?という指摘に、虚をつかれた思いであった。

私は元データに写真を利用していたり、写真的な表象をしていたり、そしてずっと写真をやってきたからこそ、「写真」と作品をカテゴライズしているだけ、ともいえる。というのも、私のスタンスは『私はこうして提示したものを「写真」として提示していますが、果たしてこれは「写真」なのですかね?』というように、明確な回答は放棄している。

そこで、写真とイラストとの違いを紐解いてみる。

イラストであれば、制作者が試行錯誤して、そのイメージを「制作」し、「伝達」することに重きが置かれているであろう。

一方で写真であれば、一般的な「撮影」という行為においては、「伝達」だけではなく、「創造」や「記録」といった異なる要因も持ち合わせている。さらに写真を「かく」のは、撮影者の役割ではない。基本的にはカメラという装置によるものなのである。

一般的にイラストと写真とでは「用途の違い」によるもの、といえるのかもしれない。ただし、互いに成分(構成要素)はデジタルデータであることに相違はない。さらにいえば、最終的なデータ形式は、.jpgや.pngなど、写真と同じ形式の場合もあり得る。


写真=photo-(光で)+描く(-graph)ものであり、なんらかの装置を介在して作られるイメージである。デジタルにおいて、電気信号、すなわち電気における電子と、光である光子とはともに素粒子であるとともに波動性を有していることから、コンピュータという装置を用いて制作されたイメージは総じて「写真である」と位置付けることが可能である、かもしれない。

しかし実際には、操作者がペイントツールなどで「描いた」ものは、「写真」であるとみなされない。

ここから、写真と呼ばれるためのキーワードは「変換」、それも偶然性や変換過程のブラックボックス化によって処理されるイメージである、といえるのではなかろうか。

たとえば、先程例に挙げたペイントツールで「描かれた」イメージ。これは、操作者が意識的にマウスやペンタブを操作して生成されるイメージであるため、いわば「意識的に描かれたもの」である。そのため、こうした作品は一般的に写真とは位置付けられないであろう。

その一方で、アルゴリズム、たとえばプログラミングによってランダムさを持ち合わせている作品は、写真であるといえるであろう。インプットとアウトプットの間の処理では、ランダム=ブラックボックス的な「変換」が生じているのだ。ジェネラティブ・アートも「写真」なのだ。

たとえフォトグラムのようにカメラを用いない表現方法であったとしても、暗室によるプリント処理、すなわち化学的な変換が生じている。さらには化学的な根拠はあったとしても、100%全く同じ「写真」とはならない。化学反応という「変換」が行われている。

もしアルゴリズム(プログラミング)によって生成されたイメージを、制作者が「イラスト」だと主張した場合、それは「イラスト」作品となるのであろう。

つまるところ、制作者が生成したイメージをどのように位置付けるかによって、「写真」であるか、はたまた「イラスト」であるのかが決定付けられる。ただし、本質的な部分でいえば、ブラックボックス化された変換処理を有していることが、「写真」と「イラスト」とを区別する条件であると思う。

このことから、写真の根源はデータによって生成され、その生成過程においてなんらかのブラックボックス化された変換処理がなされたものである、といえるのではないかと私は考えている。

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