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【連載】 アニマルバー 『メモリーグラス』 ①

「邪魔するでぃ」
とあえて口には出さず、心の中だけで言う。


「いらっしゃ〜い♥」
と人知れず迎えてくれる。
おっ! とやや怯んだが、目の前に居るのはなんと、バニーガールのバニーちゃん。

ちょっと頭をかしげるたびに前後に揺れる長い耳。すっとした細い肩はあくまでもなで肩。鎖骨がすっきりして全くないのか、あっても狭い肩幅のおかげで見えないのか。少〜し見えるぐらいがハッとする。決して締まってる訳じゃあないけれど愛嬌のあるラインだ。キレイな毛並みも好印象。肉付きのいい引き締まった脚にはやっぱりこの目が釘付け。あんな後ろ足でキックされるのも悪くはないかな、なんて一人にやりとほくそ笑む。そ、そ、それに後ろ姿がたまらない。特にあの柔らかそうなゆるりと曲線を帯びた尻尾の辺り。右から左へ動く度、何度、触れてみたい衝動に駆られたかわからない。しかし、それは叶わぬ夢。いやでも叶えてみたいっ!
ふわふわ尻尾を始めとして、彼女のチャームポイントはたくさん有るけれど、やっぱりどうしたってあの前歯。痛いのは少しぐらいガマンするとして、アレでちょっと噛じられたりしたら...うっ、そりゃあもうきっとたまらんだろう。こりゃあ、思わずよじれちまいそうだ。
ねね、今度、一緒に赤ワインなんてどう? フランス仕込みの技だ。上手く煮てやるよ。たっぷり時間をかけてさ、思わずほろっとなっちまうように。自分の方から、
「食べて〜♥」
なんて言ってくるさ。肉汁じゅるじゅるでウマそうだ。ふわっと軽い赤ワインの湯気の香りに包まれながら、ディジョン産のマスタードでもぺったり付けて味わわせてもらいたい。

「いらっしゃいませ。お一人様ですか? 」
「ええ、カウンター席ありますか。」
「ハイッ。もちろん、どうぞ。おしぼりお持ちしますっ。」

ぴょんと大きくひとっ飛び。切れ良くキビを返すバニーちゃん。ん〜、ちょっと鼻孔をくすぐる動物的な香り。...ダメだっ。どうしてもあのふわふわ尻尾の誘惑に勝てそうもない。
そうだ、だ、誰も気が付かないようになら... ふ、ふ、ふさっ。
「あっ! ...ー、ー、ー、」


「お客さん、困りますよ。」


いかん、やっぱりニンジャのように隠れてやがった。こんなにもすぐ現れるとは。しかも左右、そして背後にもガッツリ一人。か、囲まれたか。こんなにセキュリティに厳しい店なのか。コイツら、タートルズだけに囲み方が上手い。昔は逆にこんな風にイジメられてたんだろう。

「どうしましたー? あ〜らあら、やっちゃったんですねー。仕方のないカタ。初めての方はね、ついやっちゃうんですよねー。とーっても気持ち良さそうな尻尾でしょ。大抵初めてのお客サマはね、手品にかかったみたいにみ〜んなやっちゃうんです。うふふ。でもね、これ、思わず引っ張っちゃうと止まっちゃうんですよ、バニーちゃん。実はロボットなの。このふわふわ尻尾がスイッチで。今、こんな時ですから、少しでも人件費節約。ゴメンナサイ。」

なんと優しい。しかも鯛のように見事に紅潮した美しい頬。きれいに生え揃った富士額、蝶のように頭の上で結った黒髪。透けるように軽そうな着物。締め付けられて溢れ落ちそうなむしゃぶりつきたくなりそうな豊かな胸。いかにも息苦しそうで、思わず、がばっ!と開いて楽にしてやりたい衝動に駆られる。二の腕辺りから背中に通している布は、今にもふわふわとどこかへいってしまいそうで、コレをスルスルっと抜き取ってやれば、そのままこっちの腕の中へ落ちて来るやもしれない。そして、長く幅広な袖口からほんの少しだけ覗く、白く細く長い指。流れるような身のこなし。それはまるで物憂げに浮かびながら、青い海をゆらゆらと行き先をまさぐるクラゲが泳いでいるかのようにも見える。

「す、すいません、つい...」
「いいンですよ。だけどルールなんで、罰ゲームとして、ニンジン、買って頂きますけどよろしいですわよね。それを口移しで、おやつに食べさせてもらえれば、また動きますよ、さっきのバニーちゃん。」
く、口移しもアリなのか!?
そ、そりゃあ、良かった。そのくらいのペナルティ、かわいいモンだ。いや、そんなウレシいペナルティなら、何回でもあのふわふわの尻尾を引っ張っちゃってもいい。
「そう言えば、お初にお目にかかります。ワタクシはここのママ、音姫と申します。以後、お見知りおきを。困ったことがあったら何でもワタクシに。うふふ。ちなみに先程のニンジンは一律3万円頂くことになっておりますので、ラストのお会計のときに、よろしくどーぞ♥」






(つづく)


〈今日のBGM〉






あはん♥

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