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プチトリップさんぽ! 〜 〈イタリア・フィレンツェ〉 イタロの伊太利〜、ジョット見なけりゃ

姐さんが宿をターミナル駅の近くにしたのには、3つの理由がある。
1つ目は、大抵どの街でも駅の近くには安宿が多い。
2つ目は、朝早くに出る列車に乗るのに便利。(乗り鉄の鉄則)
3つ目は、乗り鉄から撮り鉄にシフトしたい時にも変り身可能。

...って結局理由は電車やん。

今回はフィレンツェにも行きたいけれどパリからのエアチケが高かったのでローマ往復にした。
友にそう言われ、即答で
「いいよ、いいよ、ローマ見ずしてヨーロッパを語るなかれ。行きたいでしょ、ローマへ。」
それもそのはず、なぜなら、姐さんには見え見えの下心があったからだ。
それは...
ローマ↔フィレンツェ列車移動の旅
平たく言えば、イタリア乗り鉄旅😆

それを如何に友に気づかせずに遂行するか。
別に隠してないけど、なんで〜? って言われた時の答えに窮するじゃないですか。
「だって、乗りたかったんだも〜ん。」
て言うの、ちと恥ずかしいじゃないですか🤭
いやん♥

そこで、エアチケ買ってもらったんで、列車のチケットは任せとき!
だって乗りたい列車があるんですから。


ローマ・テルミニ駅出発電光掲示板。
7h55発ヴェネツィア行きに乗車予定。
再び早起きしました。
ひょー、ウマそう。
だけどココでは価格チェックのみ。
だって元バックパッカーの姐さんの鉄則、
『駅で買い物はするな』。
理由は単にお高いから。
ただしカフェは例外です。熱いの飲みたいし。
イタリアのカフェはめっちゃ濃くてちびーっとしか
入れてくれないので要注意。
姐さんは、アメリカーノ・ラッテを注文。
やっと来たー🙌約20分の遅れ。
TGVに対抗するNTV。
日テレでなく、Nuevo Trasporto Viaggiatoriの略。
こちら乗りたい列車、登場!
2012年開業の私鉄新幹線イタロ
以前来た時にはなかったこのイタロ、初体験♥
イタロの伊太利〜ではフェラーリと同じ赤を使用。
だってデザインもフェラーリと同じ方って…
トレードマークはウサギさん🐇
遅れたのは、寝てたんかな。
🐢さんに追い越されるぞ。
一応最高時速300km
20分も遅れてるのに何の謝罪もなく、しゅっぱーつ👉
国鉄は遅れがち、ってコレ私鉄。
その辺はイタロの伊太利〜。
だいぶ待たされた後の朝食。
宿の近くの名もないパン屋さんで購入。
あれ?お姉さん3つも入れた?
それじゃ2.4€ってかなりお安かったね。
右上から、プレーン、左はピスタチオクリーム、
下は、アプリコットジャム入り。
普段朝食抜きの友はほぼ興味ナシ。
もちろん姐さんはピスタチオクリームで。
ウマかった😋
実は昨夜強風で、電気系統に支障をきたしたので列車に遅れが出たらしい。
車内散策。
やっぱり赤がアクセント。
さすが! 車内に1895年トリノ創業の
ラヴァッツア製マジカフェマシーン。
ちゃんと豆入ってますね。
メニューも豊富です。
所要時間は約1時間半。
あっ!という間にフィレンツェ到着。
雨でござんす。
だけど街の中心は近そう。頭見えてるよ。
これなら地図ナシでも大丈夫ね。
濡れ濡れ舗道も色っぽ〜い。
頭見えてますよ。
マンマ・ミーア!
一気にイキそうになる姐さん、こらえてこらえて。
ややっ薬局! ヨーロッパには、アンタいつからココで薬局やってんねん! って薬局がたくさんあるんだけど、
姐さんのカンではここもそうやね。
日本語ホームページあるから見てみ。

げっ。創業1265年とな。
日本では、1268(文永5)年、北条時宗が執権を取った頃か。
一般向けに開業したフィレンツェ一歴史のある薬局、元『薬草屋モーロ』。
このドゥーモ前には1521年からって。
やはり。
モットーは「伝統には忠実に。そして日々最先端であること」。
私達、旅行者の強い味方。

年中無休、8~24時
・Piazza San Giovanni 20

その角を左に入ると途端にヨダレがーーー。
店先にコレ見よがしにぶら下げて食欲を誘います。
美味しそうなレストランたくさん。
ここも何だかめちゃ古そう。
レスト自体はきっと1580年からやってるんだろうけど。

その上の小さなパネル。

『この建物は、1580~1581年までおフランスの哲学者ミシェル・ド・モンテーニュの住居でした』とな。

1580年から1581年にかけてモンテーニュはフランス、ドイツオーストリアスイスを経てイタリアに旅した。この際のさまざまなエピソードや都市ごとの宗教的な違いを詳細に記した原稿がモンテーニュの死後に見つかり、1774年に『旅日記Journal de voyage』 という題名で出版された。

wikipedia

ま、姐さんと似たようなモンやね。
旅の様子を出版してるんじゃ。
きっとそこにはココのレストランも出てくるんかな。


そしてこの目の前が、今晩のお宿です。
例によってコード貰えてないので、スグに入れませんが、またもや友の助けを借り電話連絡。
状況説明は姐さん担当。
ドア前でそんなことしていると、後ろから同宿のカップル登場。待ってましたっ!と強引に便乗入宿。
電話で了承頂いたので、荷物を置かせてもらい、街へGO。
ふ〜、毎回ヒヤヒヤさせられるぜい。
しかも貰ったコードは、姐さんが試すと開くことがない。元々どこでもカギの開閉に弱い姐さんだったが、ココまで来ると指にナンカ問題あるのかとさえ思ってしまう。一人で出歩けないやんか。
(出歩くつもりなんかい?)


さて、気を取り直しお昼前にメインをいただきます。
こちら世界遺産のサンタ・マリア・デル・フィオーレ
大聖堂。まさにフィレンツェのシンボル。
1296年から140年以上かけ完成。
生憎の雨ですが、みんな辛抱しながら入場待ち。
姐さんもその待ち時間に赤白緑の大理石で作られた
ファサードを堪能。こちらは1887年の完成。
こちらは聖堂正面のサン・ジョヴァンニ洗礼堂
こやつも八角形なり。
待ってる間にファサードをじっくり味わわせて貰うわ。名産地だからってこんな贅沢に大理石使っちゃってー。
いやん♥
アルプスの一部イタリア中北部アプアノ山脈が、
種類、質、量とトップ。
耐久性、創造性に富みアーティストからの人気も高い。
それはココでも目の当たりに実証。
彫刻の勉強はイタリアでね。
中ヘ〜、中へ〜。
もちろん素晴らしい大理石が。あはん♥
そんでもって、またまたいややや〜ん♥
即イっちゃう。
そして更に後ろからもイカせてくれるのねん。
稀に見るテクニックであはん♥
24時間式時計とは。
姐さんのツボをよう心得ておる。
そして脇から外へ出ると、そこにそびえる
ジョットの鐘楼。
1359年に完成しております。高さ約85m。
そうよ〜、コレ! ジョットの鐘楼見なけりゃダメよ。
でもこの天気じゃ遠くは見えん。
「上るのは明日にしようよ。」と友。
ヘ!? 既に天気予報チェック済らしい。
さすが友...
天気まで行き当たりばっ旅の姐さんとは違う。
こんなしっとり感も雨降りならでは。
ショーウインドーでフィレンツェさんぽ!
ヌガーはフィレンツェ地元菓子だね。
キレイな色の美味しそうなお菓子。
「あ、このバッグきゃわゆ〜い」
と思わず黄色いの手に取る友。
「きゃうん♥コレもきゃわゆいん!」
と変わったモデルを手に取る友。
「え〜〜〜、アタシこーゆーのスキ♥」
と急に目の色変わる友。
「見て下さい、見て下さい。
コレはね、100%ハンドメイドなんですよね。」
とジュゼッペ氏。
確かに。お値段もそれなりで。
何十年か前何処ぞのメゾンでも出してエラい
流行ったっけね。このバンブー。
だけどちとイタいから大きいサイズはやめといたほうがええよ。
「こんな風に持ったらアカンねん。」
とエレガントな持ち方までレクチャーしてくれる
自称バッグデザイナーのジュゼッペ氏。
「手の平は内側にしっかり握り込むように持つんが
レデーのたしなみやで。」
とレクチャーしてくれる
自称バッグデザイナーのジュゼッペ氏。
「デザイナーとしてのアテのイチオシはコレでんねん」
と出してきたとっておき。
友と姐さん思わず、
「ヘビ皮、きゃわゆい〜ん♥」
あの時の満足気な表情が忘れられない、
自称バッグデザイナーのジュゼッペ氏。
オッケ。ちと考えさせて。
色々教えてもらってフィレンツェの革職人の哲学を
学んだ所存にございます。
やっぱ石の次は革やね。
だけどランチもしてないうちから
お土産買うわけにいかん。

1948年からの地元密着型革職人。
日本語サイトもあるのでご参考までに。

アチキらこれから大メインの美術館行かなアカンねん。バッグ持っていく場合とちゃうで。
あとから、あとから。


ほな、先急ぎますんで。
これでも聴いて待っておくんなまし。
風が吹くまま西東。



【今日のBGM】

潮来笠 / 橋幸夫 (1960年、デビュー曲)


イタロの伊太利〜、ジョット見なけりゃ!





きゃうん♥




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