まだ朝日も上らないような夜明けにコンクリートの落ち葉を竹箒で掃く音

スッキリと目覚めて玄関を開けたときの心地よい朝の香り

いつも公園で見かける、知ってるけど知らないおじさんのダンス

一瞬一瞬違う表情を見せてくれる神社の木漏れ日

その一つひとつを、毎日毎日愛おしいと感じられる彼は、きっとこの世の誰よりも”ゆたかな人”だ。

”今を生きる”とは、二度と来ることのないその瞬間を全身で感じることなのかもしれない。

映画『PERFECT DAYS』について

映画のテーマ設定と構成が教えてくれること

映画では、役所広司さん演じる平山さんの日常が描かれている。

朝はコンクリートの落ち葉を掃く音で目覚め、手際よく身支度をして家を出る。カセットでおしゃれな音楽をかけながら車を走らせ、公衆トイレの清掃員としての仕事を丁寧にこなす。お昼は神社の木陰でサントウィッチを食べて、夜は行きつけの居酒屋と銭湯へ。夜は読書をして、眠気が強くなったところで眠りにつく。

そんな彼の生活を淡々と、それでありながら丁寧に描いているのである。

東京のど真ん中に住んでいながら、彼の生活は静かに、そして穏やかに紡がれていく。

たまに周囲の人たちとのやりとりも入ってはくるものの、特にドラマチックな展開や凝った伏線があるわけでもない。

きっと一般的には”映画にならない日”を映画にした作品なのだ。

”誰の日常もこんなふうに映画になる”

そんなことを教えてもらった気がする。

役所さんにしか出せない平山さんの人間としての深み

役所広司さんは色気のある俳優さんだ。（恐れ多くも）

”人生経験と感性が生み出す人間としてのオーラ”

それが私にとっての"色気"の定義である。

今回のようなほとんど台詞のない役どころでは、ミリ単位の口角や瞳の動き、息づかいといった、身体の微細な動きが受け手にとって重要な情報源となる。それらが、ごく自然な形で平山さんを形作っていた。

ほとんど言葉を発せずとも、彼がどんなものを好むのか、どんなに穏やかであたたかい人であるのかわかってしまう。

穏やかさの奥底に、揺るぎない信念を持っているということも。

そういえば、公開前の取材会見で「ご自身にとってのPERFECT DAYSとは？」という質問に対し、役所さんは「今日は休みだな、何をしよう、何をしようと思っていたら一日が終わってしまった。そんな日ですかね。」とにこやかに語っていた。

そんな一コマを思い出したとき、平山さんの人間としての深みは役所さんご本人の"色気"によるものだったのかと、妙に納得した。

平山さんは、役所さんなくしては存在し得ない人物なのだ。

この世界は繋がっているようで繋がっていない

そんな台詞があったけれど、正確には、"平山さんは繋がっているように見えても、繋がっていない世界を持っている"のだと思う。

彼は東京のど真ん中に住みながら、忙しない社会とは一線を画した暮らしをしている。

「Spotify？ なにそのお店どこにあるの？」という問いを投げかけるくらいには、世の中の流れに疎い。

でも、見方によっては、彼は誰よりも社会と繋がっているようにも見える。

東京に暮らす人々の生活に欠かせない仕事をしているし、会ったこともない誰かと⚪︎×ゲームだってする。

困っている子どもいたら手を差し伸べるし、いつも公園で踊っているおじさんが実は毎日ちょっとずつ違う動きをしていることも知っている。

隣のベンチでランチをしているOLがどこか疲れていることだって、きっと平山さんしか気づいていない。

いつでも快く受け入れてもらえるような行きつけの居酒屋、温泉、本屋だってあるのだ。

ここが、平山さんの上手な暮らし方なのだとと思う。

社会との繋がり方を自分でコントロールする。ヴィム・ヴェンダース監督の言葉を借りれば、孤独ではなく、独自性のある生活。

これだ、私の実現したい暮らしは。

自分にとってのPERFECT DAYS

映画『PERFECT DAYS』は、あくまで平山さんにとってのPERFECT DAYSだった。

世の中にはいろんな人がいて、人の数だけその人なりのPERFECTがある。

きっと、平山さんの日常をPERFECTとしない人だっている。

それでも私は、平山さんのゆたかな感性と独自性に憧れ、どんなに歳を重ねても、この映画にほっこりできる人間でありたいと願う。

葉の揺れ方、陽の差し方、気温、湿気…。

同じ条件下の木漏れ日は、一度たりとも存在しない。

何でもないけど、何でもなくない毎日を、大事に大事に生きてゆけたらいいな。