「あなたの居場所になりたい」と思った、それがエゴだとしても
私は「居場所になれる」ことが嬉しかったのだと思う。
だから大学生の頃、なんとなくで始めた塾講師のバイトにも熱中できたのだと思う。
1年目で担当したひとりの男の子は、本当に手のかかる子だった。でも彼と過ごした時間は、私が大事にしたい気持ちに気付かせてくれた時間でもあった。
・・・
当時中2だった彼は、「言うことを聞かない」で有名な生徒だった。反抗期というのもあったかもしれないけど、大人は敵!大人は嫌い!といつもバリアを張られているような感じもした。
ある日。彼はいつにも増してつまらなそうな顔で教室にやってきた。私も私で彼との距離感が掴めてなくて、おそるおそるどうしたのと切り出してみた。
「今日、怒られてん」
なんだそんなことか、授業に進もうとした私を遮るように彼は話しだした。
「みんな、おれのこと信用してくれへん」
この日は、濡れ衣を着せられてひどく怒られたらしかった。
「学校おっても、家おっても、怒られる」
「親もおれの話聞いてくれへん、いつもそうや」
今まで溜めていたものを出すようにぽつり、ぽつりと。
たまたま横にいたのが私で、聞いてもらえれば誰でも良かったのだろうけど、それでも話してくれたことが嬉しかった。
同時に、ハッとしたことがある。私だって、彼のことを難しい子だと決めつけて、ちゃんと分かろうとしていなかったかもしれない。
もっと、彼を見てあげよう。些細なことでも褒めよう。
少しでも大人への警戒心が薄くなればいいな、とか。私も仲良くなれればいいな、とか。
誰かの居場所になりたいなんて、エゴなんじゃないかと思っていたけど。
たまたまでも話してくれたからには、これが私の役割なんじゃないかな、なんて。分からないなりにも、彼に歩み寄ってみたいと思った。
それからはもう、微かな変化も逃すまいと笑っちゃうくらいに何でも褒めることからはじめた。なんなら怖かったくらいだと思う。
「遅刻せんと来れたやん!」
「宿題できてない……けど、1ページはやったんやな!えらい!」
「そのゲーム面白そう!何それ教えてよ」
彼はどんな反応をしたらいいか分からないような顔をしながらも、どこか満更でもなさそうにもしていて。次第に「先生と生徒」と言うより「ちょっと歳の離れた友達」みたいな感覚で話すようになっていった。
彼を担当しはじめて数ヶ月。塾へやってきた彼が、私を見つけて駆け寄ってきた。
「今日のテスト、英作文で”明日は晴れでしょう”って出てんけど、"It will be sunny tomorrow"であってる?』
彼は期待を込めたような目で、真っ直ぐに私を見て言った。
え、あ、あってるよ〜〜〜〜!!
この子、この前までbとdの区別すら怪しかったのに。
穴埋めでも、選択問題でもなく、英作文できたの……!?いつの間にか、ぐんと成長した彼に驚きと感動が隠せなかった。
でも、何より嬉しかったのは。
私の元へ真っ先に、わざわざ言いにきてくれたことで。
『すごいやんか!!!』
すっかり私に褒められることに慣れて、待ってましたと言わんばかりに口角をあげる彼。答え合わせがしたかったんじゃない、できたことを伝えたくて、褒めてほしくて言いにきてくれたんだろうな。
私は今、ささやかながらも彼の拠り所になれているのかな。
彼のちょっと自慢げな表情に笑いながら、そんなことを考えた。くすぐったくて、愛おしいような気持ちがじんわり広がる感じがした。
高校進学のタイミングで彼は塾を卒業していった。
夏になる手前くらい、新しい制服を着た彼が塾へ遊びにきた。駅から遠くて大変だとか、部活に入ったとか、ひと通り話をした後、彼が「そういえば」とかばんの中を漁りはじめた。
「この前、テストやってん。見る?」
頼んでもいないのに、いい点数が取れたテストを見せてくれた。
たまたまかばんに入ってました!みたいな顔で渡してきたからあえて聞かないけど……それ、本当はわざわざ持ってきてくれたでしょ?2年間、伊達にあなたの先生をしていた訳じゃないから、少しはわかる。
可愛らしいなぁ、と思いながら今までみたいに褒めてみる。
『すごいやん!頑張ってるんやな!』
2年前と比べて、すっかり私の目線よりも高くなった彼の頭に手を伸ばしわしゃわしゃと雑に撫でた。
「やめてや!」
口ではそう言いながら逃げようとしないから、ああ、やっぱり褒められにきたんだなって。
あなたも、私に褒められて嬉しいって思ってくれてたかもしれないけど、
私も、あなたの居場所になれたようで嬉しかったんだよ。
温かくて優しい彼との2年間が、大事にしたい気持ちを教えてくれた。
私は、誰かにとっての居場所になりたい。
この気持ちも、思い出も、抱きしめたまま忘れないようにして歩いていけたらいいなと思う。
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