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建前が消え、本心だけになった世界

 インターネット・テクノロジーが地球を覆い尽くし、宇宙へとその食指を動かした頃。
 人間を含む地球の生命体は、突如テレパス能力を得た。
 ある研究者は、これはインターネット機能の異常拡張だという。
 ついでに、時制も狂った。テレパスは時間軸を超えるのだ。

 そして何より、一番重大なのが……
 生命体同士であらゆる本心が表出してしまうようになったことだ。
 テレパスの作用により、人間社会の制御と発展に寄与してきた"建前"という概念が崩壊してしまった。
 そう、このテレパスのせいで常に本心を喋ってしまうのだ。
 もはや通信システムの枠に収まらない、この強制的な特異秩序を人々は、『XG・・』と名付けた。

――

 二人の女子がランドセルを背負ったままケンカをしている。
「ゆうちゃん! あっくんの事、私から奪おうとしてるでしょ。三年後の私から聞いたよ!」
「何言ってんの? あんたに魅力がないからあっくんがゲンメツするのよ。あたしの方がおっぱい大きいから、あっくんはあたしの事の方が好きなの!」
「そんな脂肪の塊の何が良いわけ? 私は三年後と五年後で学年トップ取るし、将来性は私の圧勝だから。それに顔も可愛い」
 XGのおかげで、人間の語彙数は赤ちゃんでも老人でも変わらない。ただそれは今の世界において、単に子どもが使う罵倒のバリエーションを増やしただけに過ぎない。
 さて、当のあっくんはと言えば彼を奪い合っている二人のすぐ側にいるのだが、楽しみにしている短編アニメ『タテマエお兄さん』の放送時間なので、現実から視覚と聴覚を遮断してアニメに集中している。
「フン、頭が良いから何なの? みぃちゃんには所詮そのくらいしか取り柄がないって事でしょ。あたしなんて十年後は売れっ子のグラビアアイドルやってるんだから! XGで何でも繋がっちゃう世界で価値があるのは、独立した肉体だけだって、こんなの赤ちゃんでも知ってるよ?」
「これだから肉体原理主義者は! あんたたちのくだらない煽りで起きる問題のアレコレを潰してるのは私たちインフラ・カラーの人間なんだけど?!」
「ハイハイ。ゴミ処理はゴミ処理屋がするんだから、適材適所でしょ。あっくんはゆうちゃんみたいな底辺のことなんて好きになりませぇ~ん」
 何をー! このおっぱい魔神! と、みぃちゃんがおっぱい魔神ことゆうちゃんに飛びかかり、いよいよ格闘戦の雰囲気を帯びてきた。
 罵倒の言葉は未だ止むことがない。

――


「は~。今日もタテマエお兄さんは馬鹿すぎて最高だった」
 むんずと互いが互いの手を掴み、ぐぬぬ~と睨み合う二人は一触即発だ。しかしアニメから復帰したあっくんは二人が相撲でもしているようにしか見えない。
 ハ! と、二人があっくんの復帰に気づく。それと同時にピピっと音がして、あっくんが状況を強制受信する。そうして彼を奪おうとマウントを取り、罵り合っていた二人の言葉が全て受信される。

「……」
 何だこの、クソ面倒な状況は!
 思った事は、XGで二人に通じる。やっぱり私を選ぶのね! バカ、あたしに決まってんでしょ! とどちらも勝手な自信に満ち満ちている。
「うっさいんだよ二人とも! 俺はタテマエお兄さんの余韻に浸りたいの! ブッサイクな顔で喧嘩してるお前らなんてどっちもどっちだよ! 女なんて腐るほどいるんだぞ!?」
 プツ、と何かが切れる音がした。それも二つ。みぃちゃんとゆうちゃんが、共に同じ目をしている。
「「誰がブッサイクだこのクソブ男! こっちから願い下げだよバーカ! 男だって腐るほどいるんだよ!!」」

 つい数秒前まで男を奪い合っていた者同士とは思えぬ息の合い様。
 こうしてめでたく一撃で二度フラれたあっくんは、清々しい表情でタテマエお兄さんをリピートしながら帰路についた。

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