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SF的な想像力で世界を変えるっていうこと

 そもそものきっかけはかつて140字に物語と文脈を詰め込むことで繁栄を極めた「ネタクラスタ」の存在であった。そして艦船の美少女化をメジャージャンルに押し上げた「艦隊これくしょん」であった。
 その2つが絡み合って「蕎麦」こと皆月蒼葉氏の存在を知り、氏の艦これ二次創作を手に取り、次第に京大SF研の面々の名前を知るようになり、私は「伴名練」に行き当たった。

 S-Fマガジン百合特集、そして百合SFアンソロジー「アステリズムに花束を」に収録された「彼岸花」の耽美かつ鋭利な筆致によってより広くその名を知られることとなった伴名練の新作となる短篇集「なめらかな世界と、その敵」は、果たして発売前からの話題性と期待の高まりを軽々と飛び越え、オールタイムベストと呼ばれるに相応しい傑作であった。

 収録されている6篇に共通して描かれているのは世界と人との関係性だ。
そしてその世界、つまりSF的な舞台設定が豊かで面白い。
 表題作「なめらかな世界と、その敵」では、あり得べき並行世界の全てを自由に行き来できる「乗覚」という能力(作中での"視線を切り替える"という描写や"量辺細胞"という視細胞の存在から推測するに、無数の世界から1つの世界に意識をフォーカスするという感覚だろうか)がある世界が描かれる。
「ゼロ年代の臨界点」では初めてSFを書いたとされる中在家富江含む3人の女性小説家を中心とした1900年代近代日本の偽史が解説される。
 京大SF研発行の「伊藤計劃トリビュート」が初出の「美亜羽へ贈る拳銃」は、脳科学が発達し、脳にナノマシンを注入するインプラント手術で感情や欲求をコントロールできる世界における愛の物語だ。
「ホーリーアイアンメイデン」は、抱擁をすることで人を「善良で正しい人間に変えてしまう」という業で世界を変えていく姉の姿が力を持たない妹からの手紙という形で語られる。
 アメリカのアポロ計画に先んじて、ソヴィエト連邦が"技術的特異点"
(テフノロギチェスカヤ・シングリャルノスト)を超えた人工知能『ヴォジャノーイ』を開発し世界の覇者となった「シンギュラリティ・ソヴィエト」では「共算主義」のスケールの大きさに頭がクラクラする。
 そして最後の1篇「ひかりより速く、ゆるやかに」では、謎の「低速化減少」により時間の流れが2600万分の1のはやさになってしまった新幹線
「のぞみ」に取り残された乗客のクラスメイトや親族を中心に、この現象を取り巻く社会について「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」的に描く。

 どれもバラエティに富んでいて世界の有り方や法則も全く違うが、これらのSF的設定はあくまでも舞台装置として機能していて、ハードSFのように理屈や理論が語り尽くされ、そこに快感があるという類のものではない。
 SF的な出来事やギミックが人と人、あるいは人と世界との関係性を物語るためのピースとして存在しているため、普段SFを読まない人でも面白さがわかりやすい。
 それでも、SFの文脈を縦横無尽に往来してきた筆者だからこその発想や、散りばめられた先行作品へのリスペクトが熱心なSFファンをも唸らせる。
 これがこの短篇集の大きな特徴だ。

 伴名練氏はその想像力をもって、SF的世界を創造した。そして舞台上で動く登場人物たちはその世界の中で困難に突き当たったり、あるいは世界や自身そのものを変えていくこととなる。
 世界設定に合わせて自在に変化する文体で綴られるのは、瑞々しい青春であり、隠しきれない情念であり、未知と相対した困惑であり、誰にも言えない苦悩であり、生を共にする喜びである。
 そして、人物やその心の機微に焦点が当たることで、私たちはこのSF的世界を自分たちの世界と地続きのものとして見ることができる。

 私たちは物語という別世界を目線だけで行き来することができる。しかし、私たちが生きているのは今、ここだ。
 物語に囚われるのではなく物語から何かを持ち帰り、それを自分に、ひいては世界に反映させる。あり得るかもしれない可能性の全部から1つを選び、目をそらさずに歩む。
 そんな力強さと真摯な態度が美しい、紛うことなきこれは人間賛歌であった。 

 この本を読むことが出来る世界を選べたことに感謝を。


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