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君への物語



シュツヘルは毎晩お城を見上げていた。川のほとりに座ってノートにペンを持ちながら、そこから見えるお城の窓を、いつもぼんやり眺めていたんだ。
ピロスはそんなシュツヘルを迎えに行く事にした。本人はただの好奇心だと言い張ってるけど、きっとシュツヘルの事が心配だったんだよ。

「やぁシュツヘル、君は毎晩こんな所で何をしてるんだい?」

「やぁピロスじゃないか。実はね、大好きなあの子のためにすてきな物語を書こうと思ってるんだ」

「大好きなあの子だって?それってまさか、あのお城にいる綺麗なお姫様のことじゃないだろうな」

「それがそのまさかなんだよ。そりゃあ本当は、ぼくだってあの子のそばに行って笑顔でお話をしたいけど、その手をとって音楽に合わせ楽しくおどってみたいけど、うっとりするくらいきれいな星空を、ずっと二人で眺めていたいけど。
あのお城への招待状はきっと僕には届かないから。
だからせめてあの子がぐっすり眠れるように、それとも、眠れない夜に少しでも寂しさがまぎれるように、ぼくなんかが想像もつかないくらいふかふかのベッド上で、あの子が読む物語を作りたいんだ。
皮肉屋の君からしたら、一体そんな行為になんの意味があるんだって思うだろうけど、ぼくにとってはすごく価値のあることなんだよ」

「全く理解が出来ないね、君が言うように俺はとびっきりの皮肉屋だからさ。
君がそんな事をしてやらなくたって、あの子はとっくに幸せじゃないか」

「君の言うとおり、あの子はめぐまれたお姫様かもしれない。
でもね、お城の舞踏会が終わった夜にここから見えるあの窓からさ、寂しそうに空をながめるあの子をぼくは見つけたんだよ。
ほかの全部を持っていたって、本当にほしい物はいつもすり抜けていっちゃうような、そんな寂しそうな顔はさ、今のぼくらと何もかわらない気がして、こんなぼくでもあの子を守ってあげたいって思えたんだよ」

「まぁ、例えどんなに不釣り合いだったとしても、想うだけなら自由だからね」

「それがね、ぼくはそのとき思わず声をかけちゃったんだよ。『こんばんわ、今夜はとてもきれいな星空ですね!』なんて、飛びきりキザなせりふでね」

「そらぐらいじゃあキザとは言えないね、もし俺だったら『こんばんわ、あなたを先に見つけたせいで、今日の星空はあまり美しく映りませんね』ぐらいは言ってやるさ」

「あの子はぼくに気がつくと、すぐにいつものキラキラした顔にもどってさ『だからなに?いくらきれいな星空があっても誰も幸せになれないでしょ』ってぼくに言ったんだ」

「なんだ、君の言う通りとってもいい子みたいじゃないか、俺とよく気が合いそうだよ」

「そうなのかなぁ〜。ぼくはそのときなぜかあの子がとても純粋に思えたんだ。
ぼくらは星空をただの星空としか見てはいないけど、あの子は星空を誰よりもきれいだと思っているから、それだけで十分だって信じていたから、だから少しだけイラだっていたんじゃないかな。
まんてんの星空だけでは人は生きていけないって事にね」

「そりゃあそうさ、俺たちは流れ星を捕まえて食べるわけにはいかないからね」

「うん、もちろんそうなんだけどさ、ぼくはそれからよく夜空をながめるようになったんだよ。
草の上にねころがって、まんてんの星空を見ていると、なんだか本当にこの星空があれば、ぼくらは生きていけるんじゃないかって思えたんだよ」

「腹の音が鳴るまでは、だろ?」

「はははっ、そりゃあたしかにお腹はへっちゃうけどね。でもそのぶん、気持ちがみたされるのを感じたんだよ。
ぼくらは自分を着かざって、他の人より少しでもしあわせに思われたいと必死になってるけど、夜空を見上げればこんなにもきれいな星がふりそそいでいてさ、着かざってる自分がバカバカしく思えてきたんだ。
本当にきれいで大切なものを、あの子がぼくに思い出させてくれたような気がするんだよ」

「なんて論理的で、説得力のある見解なんだろう。で、そんなあの子に贈る物語はもう考えたのかい?」

「そうだなぁ、それならあの子をお城から連れ出すなんて物語はどうだろう?あの子の好きな場所にいって、やりたいことを全部するんだ。
そしてさいごに手をつないで、まんてんの星空をながめながら『この星空があればきっとぼくらはいきていけるはずだよ』って、あの子の目をみて言ってあげるのさ。

「それで二人は結ばれるのかい?とても素敵でありきたりな物語だな」

「ううん。朝を迎えて、あの子はお城にもどってしまうんだよ」

「どういう事だい、あの子は王子様にでも連れ戻されちまうのかい?」

「そうじゃないよ、ちゃんと自分の足でお城の門をあけて帰るんだよ。『ありがとうっ!』てぼくにとびきりの笑顔で手をふってね。
だってぼくには、きっとあの子のさみしさを満たすことしかできないから。あの子にはちゃんとしたあの子のしあわせってもんが待ってるのさ。
ちかごろ思うんだ、ぼくは物語の主人公ではないんじゃないかってね。あの子が主人公の物語のなかで、ぼくはわき役として生きているんじゃないかって、そんな風に思うんだよ」

「なんだいそりゃ。そんな物語の結末なんて、ちょっと悲しすぎやしないか」

「そうだね。少し寂しい気もするけど、あの子が主人公の物語なんだから、あの子がしあわせになることが一番なのさ。
物語ってのはハッピーエンドで終わらないとね。きっとそれがぼくのしあわせでもあるんだよ」

「君は本当にそれでいいのかい?」

「ぼくはあの子の物語のなかで、ちゃんと役わりを持って生きることができれば十分なんだよ」

「じゃあ今、君の隣にいる俺はどうなるってんだい?俺にはその物語のエキストラにでもなれっていうのかい?俺はそんなの納得しないね。なんたって俺はとびきりの皮肉屋なんだから。
俺は確かに君よりチビで、毛並みの雑な野良猫さ。でもそんな俺の事を、君はあの日救ってくれたじゃないか。
病気にかかって弱りきった死に損ないの俺を見つけた君は、俺を抱き抱えてあのヤブ医者の所まで連れて行ってくれた。
なけなしの金をむしり取られても薬を買ってくれて、俺が元気になるまでずっと側で介抱してくれた。
俺の為に君はろくに食事をしないから、俺が治る頃にはすっかり君が弱っちまってさ。
分かるかい?君に救われたあの日から、俺の物語の主人公は君なんだよ。俺は君が主人公の物語の中で、最高にクールなパートナーを演じてるんだ。
だから、だから誰かの物語の中で生きてるなんて、そんな寂しい事は言わないでくれ!俺はこんななりをしちゃいるが、君よりずいぶん長く生きてるんだぜ。ハッピーエンドもバットエンドもあるもんか、人の心を動かすのはいつだって、普遍的で献身的で馬鹿みたいに一直線なものだけなんだ!ハッピーエンドの歯車に乗る必要なんてない、たとえ上手く廻らなくたって君は君の物語を生きるべきなんだ!それは決して不幸な物語なんかになりはしないんだよ!」

「泣いているのかい?ピロス」

「君の方こそ泣いているじゃないか」

「ああ、なんだかとってもうれしくてね。
ぼくはきれいなものを見すぎたせいで、自分もきれいなまま終わらなきゃいけないって気がしていたのかもしれない。それだけで満足しなきゃいけないって、これ以上なにも望むものなんてないって、自分に言い聞かせていたのかな。
うん、ぼくはどんなに傷ついたって、どんなに苦しくたって、さいごのさいごまであらがうよ、この生命が燃えつきるまでだ。だって君の言うとおり、それが僕の物語なんだから」

「ああそれがいい、途中で野垂れ死にそうになっても、俺は介抱してやらないけどね」

「そりゃつれないじゃないか。そんなどうしようもないぼくの物語を、これからも君にはとなりで一緒に生きてほしいんだよ」

「いくらそんな事を言ったって、君の望む言葉は出てこないぜ、なんせ俺はとびっきりの皮肉屋なんだからね」

二人は大笑いして夜空を見上げた。今まで見たことのないほど幾億の星達が、シュツヘルとピロスに優しく降り注ぎ続け、お城の窓からは、そんな二人がキラキラと輝いて見えていた。


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